僕が殺し屋になった日⑪
アレクは一度冷静になり考えていた。 とはいえ時間はない。 早急に答えを出す必要があった。
―――俺を除けばこの場にいるのは三人だ。
アレクは正面にいる男を見据えた。
―――まずはケイシー。
―――以前殺し損ねた相手でそれまではいい父親として育ててもらっていた。
―――その記憶は確かにある。
―――だけど実際は血が繋がっていないためただの他人。
―――そして現状では明らかに敵対していて俺にとっての優先度は明らかに低い。
―――・・・だけどベティからすれば実の父親となるコイツがいなくなればベティは一人になってしまう。
そう思うと心が揺らいだ。 親を失った想いがどれだけのものだったのかは身を持って分かっている。
―――・・・だが何か俺らしくないな。
アレクは視線を落とした。
―――次にベティ。
―――これまで関わることのなかった相手で、今日一日彼女の優しさに触れ温かさというものを教えてもらった。
―――実際に俺と血は繋がっているみたいだけどあまり交流がない。
―――だけど確かな血の繋がりを何故か感じられた。
―――・・・俺は何があってもコイツだけは殺すことができないだろう。
アレクはゆっくりと顔を上げ苦しんでいるブラッドを見た。
―――最後にボス。
―――俺の実の父親であり育ててもらった恩義もある。
―――殺し屋という稼業に就くことになったのはボスが原因であるけど、そのことについては悪く思ったことはない。
―――・・・ただベティの温かみに触れ命の重さを感じてからはよく分からなくなっている。
ゆっくりと視線をケイシーへ戻した。
「・・・もう一度聞く。 お前はどうして俺を殺そうと思ったんだ?」
「さっきも答えた通りだ。 アレクを生かしておくといつか成長して改めて俺を殺しに来るかもしれないと思ったからだ」
「本当にそんな理由で?」
「俺にはもう娘しかいないんだ。 大切なものを守るためなら鬼にだってなってみせるさ」
「俺を恨んでいるわけじゃないのか?」
「・・・」
ケイシーは真っすぐ見据えるだけで何も答えなかった。
―――・・・よく分からない。
―――おそらく恐怖からこんな行動に出たんだろう。
アレクもたまに感じることがある。 いつか自分を恨んだ人間が復讐しにやってくる日があるかもしれない、と。
―――簡単に交換して終わりとはとても思えない。
―――だけど急がないとボスが死んでしまうのも時間の問題だ。
―――・・・だから俺にできることはケイシーの恐怖をとっぱらってやることのみ。
アレクはゆっくりとナイフを取り出した。
「・・・何をする気だ? そんなもんじゃ俺には何もできないぞ」
それでもケイシーは何かを感じ取り警戒する。 ナイフを握る手に力を込めると自分へ向けた。
「アレク! 何をッ!!」
ケイシーの声を聞くと同時にアレクは自身の両眼を切り裂いた。
「アレクお兄ちゃんッ!?」
いきなり正面から衝撃が来た。 おそらくベティが駆け寄ってきたのだ。
「光を失った俺がアンタたち家族を殺すのはもう無理だ」
「アレク・・・」
ブラッドも虚ろな瞳でアレクを心配そうに見ていたが、アレクがそれを見ることはもう叶わなかった。 ケイシーからは言葉も聞こえない。 生暖かい血が頬を流れている。
ただ熱く感じるばかりで痛みだけは何故か全く感じられなかった。
「お兄ちゃん、そんなことしなくてもいいのに・・・」
「俺には他の方法が思い付かなかったんだ」
震えるベティの声を頼りにアレクは手探りでベティの頭を撫でてやった。
「もうケイシーとベティの命を狙うようなことはない。 ・・・だから早くボスを病院へ連れていってほしい」
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