僕が殺し屋になった日④
こういったターゲットが複数の仕事はよくあり殺しの場所を離すというのが通例となる。 人目に付きやすくなるというリスクはあるが、この方が疑いの目を逸らしやすいのだ。
「ねぇねぇ、お兄さん。 どうしてマスクをしてるのー?」
通りを歩いていた時の何気ない質問だった。 自分も言葉を崩し適当に返事をした。
「ちょっと風邪を引いていてね。 口元を隠さないと君に移ってしまうかもしれないから」
「ふぅん?」
愛想よく振る舞うのも疲れるためできるだけ会話はしたくなかった。
「そう言えば行き先が少し遠いからバスで移動しようと思っているんだけど」
「あ、私お金持ってない!」
「そのくらい僕が出すよ。 君の帰りの分もね」
バスに乗り続けるのはあまりよくない。 こまめに新しいバスに乗り換え遠くへ移動しなければならなかった。 それは目撃者に不審な点を覚えさせないためだ。
―――今着ている上着も帰りには全て処分してしまうから大丈夫だろうけど。
バスが来ると乗り込み二人は後ろの座席へと向かった。
「お兄さん! 私の名前を言っていなかったよね。 私はベティ! お兄さんの名前は?」
「僕はアイル」
本名は教えられないため適当に名前を伝える。
「アイルお兄ちゃんね! ねぇ、アイルお兄ちゃん。 無理しなくてもいいんだよ?」
「・・・は?」
ベティは急に真面目な顔をしてそう言った。
「お兄ちゃん、何か辛いことでもあったの?」
「ど、どうしてそう思うの?」
「だってしんどそうな顔をしているもん。 無理して笑顔を作らなくていいんだよ?」
「・・・」
「いつも通りのアイルお兄ちゃんでいてほしいな」
どうやら子供には作り笑顔がバレてしまうようだった。
「・・・分かった。 じゃあそうさせてもらう」
だから遠慮せず笑顔を止め声を低くし答えた。 これが本来のアレクなのだ。
「うん!」
それにベティは戸惑うこともなく笑顔で頷いた。
―――変わった奴だ。
―――子供にこんなことを言われたのは初めてだ。
―――顔を半分隠した状態なのに作った笑顔を見抜かれるなんてな・・・。
「あ、お兄ちゃん! どうしたのそれ!」
そう言ってアレクの手首を持ち上げる。 今までの仕事で深い傷を負った場所だった。
「触るな。 大したことはない」
冷たく言い放つも少女は手首を離そうとしない。
「怪我をしているなら放っておいちゃ駄目だよ! 私、絆創膏を持ってきているんだ! 手当してあげる!」
「よせ! 余計なことは・・・」
大きな声でそう言うもここは公共の場だということもありグッと堪えた。
「ジッとしていてね! 痛くないから!」
手当をしようとしてくれているのは古傷だ。 血も出ていないし皮膚も硬くなっているため、このままでも問題がないのは確かだった。
―――・・・本当に面倒だ。
だがここでは手荒な真似はできないため大人しくされるがままとなる。
「よし! 綺麗にできたッ!」
「・・・」
アレクは絆創膏を貼ってくれた自分の手首を見た。 絆創膏を貼ってくれたベティの手はとても温かかった。
―――・・・コイツといると調子が狂う。
―――鬱陶しい。
―――早く殺してしまいたい。
数駅通り過ぎるとバスを降りた。
「まだ目的地まで結構あるよ?」
「バス一本で行くよりも乗り継いだ方が安くなるからな」
「ふぅん、そうなんだぁ」
適当に嘘を言い新たなバス停へと歩き始める。
「あ、美味しそうなサンドウィッチ屋さん! お腹空いたー!」
「はぁ? おい、待て!」
ベティはとても自由で街へ出ると自分の行きたいところへとどんどん駆けていってしまう。 純粋で自由なベティに振り回される。 痺れを切らせベティの腕を強く掴んだ。
「もう大人しくしろ!」
「だってぇ・・・」
悲しそうな表情を浮かべるベティ。 それを見てアレクは溜め息をついた。
「・・・さっきサンドウィッチがほしいと言っていたな。 それを買ってやるから勝手に歩き回るのはよせ」
「本当!? うん!!」
サンドウィッチを購入し手渡すと美味しそうに頬張り始めた。
「美味しいー! アイルお兄ちゃんも食べる!?」
「いらない」
―――こっちだって時間がないんだ。
―――早くもっと遠くへ離れないと。
歩き出すとチラリとベティの方を見た。 幸せそうにしている顔を見ると何とも言えない気持ちになり複雑になる。
―――・・・今までこんなことはなかったのに凄くモヤモヤする。
ベティの純粋な優しさに触れ落ち着きを取り戻すのが難しかった。 今まではこんな怪しい恰好をしているからか、不審がられ優しい態度や笑顔を向けられたことがなかったのだ。
だがその心境は次の言葉で打ち砕かれた。
「そう言えば、アイルお兄ちゃんの家族は何をしている人なの?」
「・・・は?」
突然話は大嫌いな家族の話へとなった。
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