僕が殺し屋になった日
ゆーり。
僕が殺し屋になった日①
ズブリと鋭利な何かが脇腹へと食い込んでいく感触。 全身を伝う雨粒で身体が冷え、痛みがボヤけていても分かる死の感覚。 5歳のアレクにとっても分かったのは、とても孤独に感じたからだ。
上手く頭が回らずどうしてこんなことになったのかも分からない。 次第に身体の力が抜け動けなくなると同時に自身を呼ぶ声が耳の奥に響く。
「アレク! アレク!!」
薄っすら目を開けてみれば飛び込んでくる両親の悲壮な顔。 それで思い出す、両親と出かけていた先で雨に足を滑らせ川へと転落してしまったのだ。
そこからはあまり憶えていないが、応急手当をし病院へと運ばれた。 その時の両親との会話が心に突き刺さっている。
アレクはごく平凡な家庭で両親に恵まれて育った。 二人はアレクのことをよく褒めてくれていて、その言葉はいつでも思い出せる。
「アレク! よくできたな、偉いぞ!」
「アレクは本当にいい子ねぇ。 もう自慢の息子よ」
「アレクはいいお兄ちゃんになりそうだな」
そんな言葉の数々に応えるようアレクは生きてきた。 川へと転落した時も、父が持つ大人用の荷物を一つ代わりに持って歩いていた程だ。 もっとも気持ちばかり先行しても身体はまだ5歳。
足を滑らせたことを責めるのは酷というもの。
「・・・出血が酷く、至急輸血が必要となります。 アレクくんは少しばかり特殊な血液型の持ち主でして、緊急的にご両親と血液型が一致していれば使わせていただきたいのですが」
「悪いが私たちとアレクでは輸血が不可能だ。 親子間だからといった理由でなく、単純に適合しないんだ。 申し訳ないが至急血液型の適合する人間を探してほしい」
アレクは厳めしい顔つきで父が医者にそう言ったことをハッキリと憶えていた。
幸いアレクと適合する血液は用意でき一命を取り留めたのだが、その時の引っ掛かりを退院した後確かめようと思ってしまった。 そこで本来両親からは生まれてくるはずのない血液型だったと知る。
「お父さんとお母さんは僕の本当の両親じゃないの・・・?」
「「・・・」」
答えない両親と表情から疑惑が確信に変わる。 ただそれでも今までの思い出が蘇り、信じたくなかった自分もいた。
「・・・ねぇ! 答えてよ!!」
両親は二人顔を見合わせるばかりで何も言おうとしなかった。
「・・・それが答えなの?」
そのアレクにとっての最後の質問に父親がポツリと『すまん』とだけ言った。
「こんな家、最低だッ!!」
その時の感情の高ぶりはまるで制御できないものだった。 勢いに部屋を飛び出し、そして――――
「・・・最悪な目覚めだ」
目覚めるといつも通りの部屋、いつも通りの時間。 何度も何度も繰り返し見ている悪夢であるが、見飽きるということがないのは夢だからなのだろう。 眩しい光が窓から差し目を眩ますのも不快に感じた。
時刻を確認すると起きるには早いが、もう眠れそうになかった。 アレクは15歳であり一人で暮らしていた。 そもそも身内はいない。 あの日身内は全て消し去った。
一人では広過ぎる部屋のはずだが不便のない生活をしている。 それは未成年の一人暮らしであれば最大のネックとなる金銭に不自由していないためだ。 身支度を整えると家を出た。
「お母さん! お花に水をあげたよー!」
向かいの家に住んでいる子供が通りで母親らしき女性と会話していた。
「いつも本当にありがとうねー。 将来はきっと素敵なお花屋さんになれるわ」
「うん!!」
他愛のない会話で道すがら微笑ましく眺めている人もいる。 しかしアレクにとってはそう思えない。
「母さん! ただいまー!」
「おかえりー。 朝からいい汗をかけた?」
「うん! 父さんとたくさん走ってきた!!」
「朝ご飯にするからお父さんと一緒にシャワーを浴びていらっしゃい」
「はーい!」
聞きたくないのに耳に入ってくる温かい家族の会話。
―――・・・うるさい、耳障りだ。
今すぐ日常を壊してしまいたい欲求に耳を塞ぎながら路地裏へ入る。 薄暗く地味だが質だけはいい建物へと入った。 汚い路地裏から一変し豪邸のような内装が目の前に広がる。
「おぉ、アレクか。 来るの早いな」
仲間が尋ねてきた。
「・・・早く目覚めたから」
「飯は食ってきたか?」
首を横に振る。
「もう飯ができるから席に着いてな」
奥へと進むと既に仲間は集まっていた。 彼らの中に混じるようアレクも席に着く。
「アレクはまだ若いのに自立して偉いなぁ」
仲間にそう言われ頭をくしゃくしゃと撫でられる。 仲間はアレクやボスも入れて4人。 少数精鋭である。
「飯ができたぞー!」
料理担当の仲間がテーブルに4人分の朝食を置いた。 皆が揃うと朝食をとり始める。
「飯を食いながら聞いてくれ。 今日の依頼は“オードリー一家を皆殺しにする”というものだ」
ボスであるブラッドが資料を眺めながらそう言った。
「次から次へと物騒な依頼が飛び込んでくるねー」
「俺たちはそういう仕事なんだから当然だろ。 寧ろそういう依頼しか入ってこねぇよ。 なぁ、アレク?」
「・・・」
ブラッドの言葉に仲間はそう返す。 アレクは何も思うことはなかった。
―――今日も退屈な一日が始まる。
―――殺しなんて食事をするのと変わらない。
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