運命の本屋

だら子

第1話

運命を決める。


閉店間際、本屋に駆け込んできた女性がいた。

歳はそうだな、僕と同じくらい25歳前後かな。



髪はボサボサメガネ姿。ずっと冬眠していたかのような猫背の挙動不審。

肌のきめ細かさで、もしかしたら年下かもしれないと今更思う。


よし決めた。


あの子が女性誌じゃなく、週刊誌でもなく、TVガイドでもなく、あの文芸誌を買ったら。


僕が応募するか迷っている小説の応募要項が掲載されているあの文芸誌を買ったら。僕は書店を辞める。小説家になる。


これはゲームだ。ほぼ僕が勝つ。

僕は書店員を辞めずに、働き続ける未来が見えている。


彼女の目は鋭かった。モテを意識するような雰囲気でもなく、アニメなどの特定の推しがいるようにも見えない。



蛍の光が流れる。


さあ、どうするのか、彼女は何も買わずに出るのか?


整理整頓の本を買うかもしれないし、就職試験対策の本かもしれない。

長らく働いていないような、そんな雰囲気を醸し出している。肘には、ポテチの食べかけが見えた。


挙動不振が激しくなり、何かを探しているように見える。

こんな時、いつも「何かお探しですか?」

と声をかけるのは当たり前すぎる爽やかな書店員である僕は何もしなかった。



彼女はこちらに向かって歩いてきた。

まさかの女性誌を持って。



ほら、やっぱり。

僕のゲームは終了するその時。


「あ、あの、見当たらなかったんですけど、月間KADOKAWAという文芸誌は置いてありますか?」


僕は彼女の目を見て言った。


「はい…」

呆然と僕は答える。


「すいません。申し訳ありません」

彼女は焦り、顔を覆う。メガネずれた。


「この女性誌をやめて、文芸誌を書います」


僕はゲームに負けた。



その後、僕は新人賞を受賞する。

同時受賞したのがあの時の彼女と知って驚いた。

彼女は別人のように輝き、背筋が伸びた姿で、あらわれた。


「あの時の書店員です」


告白のように耳が熱くなる。


運命が始まる。

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