第41話 飯食わねえか?
「……よお」
「……」
シャルは、窓のない倉庫に一人ぽつんと座っていた。もう、腕の拘束は解かれている。
倉庫の中の荷物は、あれこれ散乱していた。
多分、そうとう暴れたんだろうな、コイツ。
「飯、食わねえか? 腹減ってるだろ?」
シャルはムスッとした顔で押し黙ったまま、何も答えない。
「……ほら。今日はオムレツと、ベーコンとソーセージに、トーストとジャムもあるぜ?」
泰樹はシャルの隣に座って、トレイを膝の上に置いた。一人分には分量の多い朝食を、泰樹はシャルの横で食べ始める。
それを、シャルはあっけにとられたように見つめた。
「俺も朝飯まだだからさ。今日はアンタと食うよ。ほら。アンタも冷めないうちに食え」
卵料理の心地良い香りが、鼻をくすぐる。カリカリに焼かれたベーコン、泰樹が
シャルは、いつの間にやらじっと銀のトレイを見つめていた。
「アルダー。悪いんだけど、飲み物もらってきてくれねえか?」
「タイキ、それは……」
「頼むよ」
お願い。と、手を合わせる泰樹に、アルダーは渋々倉庫を出て行った。
「……良いのかよ。あの魔人がいなきゃ、お前なんて……」
「うん。フォークもナイフもあるしな。俺なんて簡単に人質に出来るだろ」
警戒したまま、シャルは隣で朝飯を食う泰樹を観察している。
泰樹は美味そうに、飯を食う。さくさくと音を立てるジャムトーストを頬張り、とろりと柔らかいオムレツをスプーンですくって嬉しそうに口にする。
ごくっと、シャルは生唾を飲んだ。
「俺を人質にするのはさ、飯食ってからでも良いだろ?」
泰樹がトーストを差し出すと、シャルはそれを恐る恐る口に運ぶ。
はしを食べてみて、驚いたように眼を見開く。
まだまだ食パンは、普通の人びとには浸透していない。シャルも、食べるのは初めてだろう。
「……なんだ、これ……柔らかい、パン? けどさくさくしてて、それに、ジャムもスゴく甘い……」
「ああ、それは食パンって言ってさ。俺が住んでたトコじゃ朝飯の定番だった」
「お前の、住んでた所?」
シャルはオムレツがのった皿に手を伸ばしながら、泰樹にたずねた。
「うん。俺はその内そこに帰るんだけど、そこにはカミさんと子供たちが待ってるんだ」
「……お前は父親、なのか?」
「……うん。情けねー父親だけどさ」
泰樹は苦笑しながら、ベーコンをつまみ上げた。
「俺、気が付いたらここにいてさ。困ってるところを、イリスたちが助けてくれたんだ。家に帰れるようにって色々調べてくれてさ。それで、ようやく帰れるメドがついたんだ」
「……」
シャルは朝飯を食う手をとめて、じっと泰樹を見つめている。初めて、コイツはちゃんとこっちを見た。そう思うと、泰樹は自然と微笑んでいた。
「それで、俺が家に帰る前に、イリスが『この『島』の楽しい所全部案内する!』って張り切ってな。あ、でも、浴場に行ったのは俺が行きたいって言ったからだ」
「……やっぱ、イイモン食ってやがったな……ムカつくぜ……」
オムレツを口に運びながら、シャルはぽつりとつぶやいた。
「……オレは……12になる前からあの浴場で働いてた。飲んだくれのクソ親父が死んで、母さんとオレは奴隷になって、それであの浴場に買われた」
シャルは、ゆっくりと自分の身の上を語り出した。泰樹は黙って、それを聞く。
「垢かきなんて、クソみたいな仕事してるうちに、母さんは魔人に見初められて、ソイツの奴隷になることになった」
シャルと母親は、それを喜んだ。少しは良い暮らしが出来ると思った。運が向いてきたと。
だが、その期待は裏切られた。
母親は買い取られたその日に、魔の者の食卓に
「オレはガキで、母さんを買った魔人のことは何もわからなかった。でも、ある時、浴場の支配人が教えてくれた。『あれは『慈愛公』の魔人だ』って」
「……それ、嘘だぜ。イリスは自分の魔人を作ってねーんだ。シーモスとアルダーは、自力で魔人になったって言ってた。それに、イリスもシーモスもアルダーも『肉』は食わねー」
シーモスとアルダーは肉より厄介なモノは食うけれども。内心でため息をつきつつ、泰樹は真剣な表情で告げる。
「……」
シャルは膝に置いた朝食の皿を見下ろして、押し黙る。
『慈愛公』が母の
「……なあ。『慈愛公』はホントに肉を食べないのか?」
「ああ。人の肉は、な。食ってる所を見たことねえよ」
「……アンタが
シャルはまだ、イリスに対する見方を変えきれずにあがいている。
「ただの人間の俺を騙して、イリスたちに何のメリットがあるんだ? それに、アンタ、直接イリスに会ってどう感じた?」
「……」
その沈黙が、雄弁にシャルの心の内を語っている。
「……オレ、アイツとちゃんと話してみたい。ホントにオレと母さんのこと、知らないのか聞いてみたい」
シャルは、はっきりとそう言った。自分の気持ちに決着をつけるように。
「わかった。それなら、イリスんとこ行こうぜ!」
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