第31話 イリスはすげーな!

「アルダー様から、タイキ様と合流してからのお話はだいたいうかがいました。その前に、一体何が起こったのですか?」


 シーモスの問いに、泰樹たいきは『暴食公』に誘拐されたこと、危ういところで『暴食公』に小びんを割らせてアルダーが来てくれたことを説明する。

 イリスがいるので、『食われ』かけたことは伏せておく。


「レオノくんが?! タイキを食べないって約束したのに! あ、食べてはいないのか……でも、でも! もー! 許せない!!」


 ぷんぷんと音を立てそうにイリスは腹を立てているが、いまいち迫力に欠ける。

 泰樹はよしよしと笑って、イリスの頭を撫でた。


「そうですか……『暴食公』はそんな手を……幻魔様や魔人は、必ず一つ以上の『能力』を持っておいでです。『暴食公』の『夢幻収納インフィニティー・ストレージ』もその一つですね。アルダー様には『魔獣転身ターンオーバー』が発現されました」

「あー、じゃあ、イリスとシーモスも何か凄い『能力』ってヤツを持ってるのか?」


 流石ファンタジー世界。何だかカッコいい。

 泰樹は二人の『能力』が気になって、ついたずねた。


「それは、秘密、でございます。多くの場合、魔の者は自分の能力を公にはいたしません」

「あーそっか。それがソイツの切り札になるかも知れねえもんな」


 能力バトルマンガでも、能力者は自分の力を秘密にするモノだ。それは何となくわかる。


「例外もございます。『冷淡公』の『跳躍ジヤンプ』、『暴食公』の『夢幻収納』などは大勢の、それこそ魔の者でない人びとにも知れ渡っていますね」

「なんで、その二人は自分の能力をあかしてるんだ?」

「防ぎようがない、からでございましょうね。『冷淡公』の『跳躍』は空中に逃れるほか、かわす術がございませんし、『夢幻収納』は戦闘向きではありません。『暴食公』はご自身の戦闘力の方が恐ろしいかも知れませんね」

「あのねー! 僕のはねー『変身メタモルフォーゼ』! どんな生き物にも変身出来るんだよ!」


 秘密だとシーモスが言っている側から、イリスは楽しげに自分の能力を明かしてしまう。


「イリス様、それは内緒にしておいて下さいと、いつも申し上げておりますでしょう?」

「うん。大丈夫。もちろん、特別な人にしか教えてないから。タイキなら、良いでしょ?」


 仕方ありませんね、とシーモスは苦笑する。


「ああ、それで、イリスはドラゴンに変身出来るのか?」


 それで納得した。泰樹がうなずいていると、イリスは首を振る。


「ううん。それはまた別。僕は竜人りゆうじんの血を引いてるから、竜になれるんだよー」


 竜人? また聞き覚えの無い、新しい単語だ。

 シーモスをチラリと見ると、眼鏡に手をやって解説してくれる。


「竜人様方は半分神話の存在でございます。世界をお作りになった竜王様と、地上の人びとを橋渡しするお役目とも。大変に背が高く、人のような姿と、巨大な竜の姿を行き来する、と文献にはございます。残念ながら、わたくしも純粋な竜人様にお目にかかったことはございませんが」

「ふーん。背が高く、人と竜を行き来する……か。確かにイリスと同じだな」


 泰樹が感心していると、イリスはむんっと力こぶを作るが、大して膨らんでいないように見える。


「僕の力が強いのも、幻魔の能力じゃ無くて、そのせいだよ。竜人はみんな力持ちなんだ!」


 そう言えば、必死に作ったバリケードをやすやすと突破された事も有ったっけな……

ありゃ、シーモスに初めて『夜襲』された次の日の朝だった。


「なるほどなー。イリスはすげーな!」

「えへへー!」


 得意げに胸を張るイリス。その頭を撫でていると、いつの間にやらアルダーがワゴンに何かを乗せて運んで来た。


「イリス、タイキ。腹は減っていないか?」


 ワゴンからは、食べ物のいい匂いが漂ってくる。これは、なんだろう? 

 ソースとケチャップが、入り交じったような甘い香り。それに、肉が焼けたような香ばしい香りも。

 美味そうな匂いを嗅いだ途端に、泰樹の腹の虫がぐきゅると鳴いた。


「あ、ハンバーグだー!」


 登場したハンバーグに、イリスは思わず喜びの声を上げる。


「おおー!! さんきゅー! もう腹ペコペコだー! 今すぐ食いてえー!!」

「タイキはスープから食え。肉からだと胃が驚く。イリスはパンとコメ、どちらが良い?」

「僕はおコメー!!」


 テキパキと給仕をこなすアルダーの姿に、泰樹はつい口を滑らす。


「……気づかい魔人」

「ん? 何か言ったか?」

「いーや、なんでもねー!!」


 キョトンと顔を上げたアルダーに、泰樹はにっと笑ってみせる。

 そんな三人の様子を、シーモスは微笑んで見つめていた。




 食事を終えて、イリスとアルダーは客間を出て行った。

 食器片付けに来た使用人たちもいなくなって、客間には泰樹とシーモスの二人きり。


「……お体の具合はどうですか? タイキ様。お倒れになられている間に『治癒』の魔法をおかけしたのですが」

「ああ。ありがとよ。大丈夫。もう、足も痛まねーし、飯も食ったからエネルギーも満タンだぜ!」


 念の為にベッドに入っている物の、泰樹はもうすっかり回復している。シーモスはベッドに腰掛けて、じっと泰樹を見つめた。


「……心配、いたしましたよ?」


 シーモスの、遊色の瞳が潤んで見える。それで、泰樹は何も言えなくなってしまった。


「……レオノのやつにさ、危うく『食われる』所だった」

「それは、どちらの意味で?」


 ぽつりと泰樹が漏らしたつぶやきに、シーモスは眉をひそめた。


「アンタが思ってるような方の意味。でもさ、アルダーが間に合ってくれたから何事も無かった。だから、アンタに感謝しないと、な」


 笑って言う泰樹の肩が、ほんの少しだけ震えている。シーモスは何も言わずに、そっと泰樹を抱き寄せた。


「……っ……ガチでヤバかった……あんなのに筋力で対抗出来るわけがねえ……っ」

「……タイキ様」

「……アルダーが、死ぬかも、って思った時、ホントに怖かった……っ! アンタがいてくれたら、ってマジで思った……っ」


 気が付けば、泰樹の両眼からぽろぽろと涙が溢れていた。シーモスの肩に顔を埋めて泣きじゃくりながら、泰樹は恐怖の感情を吐き出していく。


「怖かった……っ……俺一人じゃどうしようも出来ない……っ……怖かった、怖かったんだよおー!!」


 ゆっくりと背中を撫でるシーモスの手に身をゆだねて、泰樹は泣き続けた。

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