家に帰って、クラスでいちばん仲のよい愛結あゆに、『上原さんって知ってる?』『うちの学校の』と通話アプリで尋ねると、帰ってきたのは否定的なことばばかりだった。


『三年の先輩』

『不良っぽい』

『殴り合いのケンカしたって聞いた』


 ケンカの理由って、何だったのだろう。不良っぽいと、愛結が思うのは、なぜかしら。上原のケンカの理由について、愛結は知らないらしかったが、不良というのは、見た目の派手さから来た表現のようだった。


「うちの校則、髪型は自由なのにな……」


 スマホの画面を見ながら、ぽつりとつぶやく。同じ学年にはまだいないけれど、校内で青や赤など奇抜な色合いの髪を見たことがある。わあ、すごい色! と、奈々子もびっくりして目で追ったことがあるけれど、不良だと思ったことはなかった。だって、先生たちだって注意はしないし。


 ──不良って、ルールから外れたひとのことだと思ってた。


「愛結みたいな考えかたも、あるんだなあ」


 ごろん、とベッドに寝そべって、スマホを充電器に戻す。ケンカの理由が、なぜか気になってしかたなかった。




 一週間後の放課後、返ってきたばかりの中間テストの結果に、クラスメイトはみんな浮き足立っていた。テスト週間に引き続き、今週は部活動も休みだ。学校全体の雰囲気が少し、緩んで感じられる。


 奈々子も例外ではなかった。みんなの空気に飲まれてしまって、いつもならそそくさと帰り支度をするところ、なんとなくぼうっと、空を飛ぶ鳥やら、中庭や向かいの校舎の窓辺やらを眺めては、クラスメイトの話し声に耳を傾けていた。


 ──やっぱり、思ったよりもこの学校って、生徒の髪色が明るいよね。髪型の自由度も高いや。


 遠目にはドレッドヘアに見えるひとや、青みがかった長髪の男子など、黒や焦げ茶でない髪色を辿るうち、ふと、金色が目についた。開襟シャツは、回りの長袖の集団から、いやでも浮いている。あれは上原だろうか。それらしき男子生徒は、体育教師に付き添われて、一階の廊下をどこかにむかっていく。


 あちらは特別教室棟にむかう廊下だ。体育の先生がいっしょにいるなら、そのなかでも理科室や音楽室ではなくて、体育館や道場にむかうのではないか。


 奈々子は踵を返し、窓を離れた。

 彼らを追いかけたのは、ほんの気まぐれだった。いつもなら、ここまで学校でのんびりとせずに、伯母の書店にむかっていただろう。ふだんとは違う行動に、自分でも戸惑いがあった。けれども、どうしても気になる。


 奈々子の予想は当たった。体育館には、体育教師と上原の姿があった。体育館の二階は、もともと、敷地奥のホールに抜ける通路になっている。奈々子はあたかもホールにむかうようなふりをして、こっそりと彼らを見下ろした。


 体育館じゅうに、ドレミの音階の電子音が響く。シャトルランだ。体育館の端でラジカセを調整していた体育教師は、音を一度止めると、上原を振りかえる。


「問題ないな。使い終わったら、体育館の鍵といっしょに職員室に返しにこい」

「わかりました。ありがとうございます」

「実技の練習をするのはいいが、まずはその頭、どうにかならんか。さすがに書類でハネられたら、元も子もないぞ」


 教師のことばに、ハハハッと高い笑い声で返して、上原は重ねて礼を言い、頭を下げる。そうして、開襟シャツをボタンも外さず思い切りよく脱いだ。


「……!」


 間に合わなかった。上半身裸になった上原と、目が合った。慌てて顔をそむけ、歩調を速める。足音が高く体育館に響いてしまって、いたたまれなくて、最後には小走りになっていた。そうして、体育館を出るころには、奈々子を追いかけるように、シャトルランの電子音が響きはじめていた。




 書店に到着すると、伯母は入荷した本の整理をしているところだった。


「手伝おうか?」

「あら、じゃあ、これ、電話かけてくれる?」


 遠慮無く数枚の注文票を渡され、奈々子はさっそく、片端から電話をかけはじめる。注文してもらった本が届いたことをお客さんに知らせるのだ。


 知らないひとに電話をかけるのは、意外と勇気が要らない。でも、伯母の隣で通話するのは、聞かれているようで、ちょっぴり恥ずかしい。これも、身内かどうか、なのだろう。


 最後の注文票に目を落とし、奈々子はひゅっと息をのんだ。上原の注文票だ。


 電話番号を確かめながら、ゆっくりとボタンを押す。受話器を耳に押し当てると、ドキドキしている鼓動のほうが耳につく。


「はい」


 素っ気ない応答に、心臓が跳ねあがる。


「あ、あのっ、上原さまの携帯電話でよろしいでしょうか! わたくし──」


 口ごもりながらも、確認を取ったあとは、スムーズに話せた。受話器を置いて、ふうっと息を吐く。手の甲で上気した頬を冷やしていると、屈んで段ボールをいじっていた伯母が、喉の奥で笑った。


「そうか、奈々子はああいうのがタイプか」

「ち、ち、違うったら!」

「わかるわかる、ギャップ萌えだよね」

「伯母さんッ」


 否定はしてみたものの、ここのところずっと彼を気にしていたのはたしかで、奈々子はいよいよ恥ずかしくなって、カウンターに突っ伏した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る