第20話 不思議な光景
くねくねとした横穴を下ったり登ったりしながら先へ進むと何やら大きな音が聞こえてきた。どうやら水の流れる音のようだ。
「これはすごい高さの滝ね。
地下水脈はここから始まってるのかしらねえ。
レナージュ? さっきみたいに矢を射って上空を照らせるかしら」
「登るのも難しそうだものね。
ちょっとやってみるわ」
レナージュが光の精霊晶を突けた矢を放つと上空高々と光の矢が飛んでいく。最後には天井へ刺さったようで周囲を照らしながら止まっている。案外天井は高くないようだ。
「崖と天井の間から水が流れ込んできているみてえだな。
地上には川も湖もないのにどこから流れて来てるのかわからねえがなあ」
「まさかビス湖からじゃないでしょうね。
他に大きな水場なんて知らないから言ってみただけだけど」
ヴィッキーも案外適当な性格で、思ったことをすぐに口に出してしまう気がする。そのすべてに悪気があるかどうかはわからないが、ビス湖の名前を出したのは本人が言うとおりただの思い付きだろう。ただ、トラックへの態度は明らかに敵意があって困りものだ。
「バタバ村からビス湖までは六日はかかるぜ?
いくらなんでもまだそんなに進めてねえだろうよ」
「何言ってんの、そんなの当たり前じゃないの。
地下を流れて来てるかもって言ってるのよ。
威張り散らすわりにオツムはいまいちのようね」
「ちょっとヴィッキーったら言い過ぎよ。
ごめんんさいねトラック、気を悪くしたなら謝るわ」
「いやいや構わねえよ。
俺の仕事は考えることじゃなく戦うことだからな。
学者みてえな真似は賢い奴へ任せるのが一番だぜ。
その賢い姫様の見解ではビス湖からここまで地下水脈が続いてるってことか」
うーん、トラックの言い方も厭味ったらしい。これでは仲良くやっていくことが難しくなってしまう。別にこの先ずっと一緒と言うわけではないので仲良しでなくても構わないかもしれないが、今この瞬間はそれなりに体裁が整っていないと居心地が悪い。
「もう、二人ともやめなさいよ。
喧嘩ばかりしている人はご飯抜きだからね!
脅しじゃないわ、本気よ!」
「な、何言ってるのよミーヤ、喧嘩なんてしてないわ。
これは…… そう、話し合い、話し合いなのよ!」
「そ、そうさ、喧嘩なんて物騒なこと言っちゃいけねえ。
冒険者にはよくある意見の食い違いってやつさ」
「それならいいんだけど。
くれぐれも気まずくなるような言い合いは止めてよね」
ミーヤがそう言うと二人とも大きく頷く。プライドよりも食欲が勝るこの世界の理(ことわり)がこんなに嬉しかったことは無い。このあと地上へ戻るまで一度もケンカをしなかったらたっぷりとおいしいものを食べてもらうことにしよう。
そんなことを考えていたその時、六鋼のルカが始めて声を発しなにかを訴えた。どうやら余計なことに気を取られている間に滝ではなにか起こっていたらしい。
「あれ! なんだアレ!
滝の中になにかいるみたいだぞ!?」
「まさかこんなことあるわけ!?
魚が滝を上って来るわよ!」
天井に刺さった光源で照らされた滝には無数の小魚が泳いでいる。垂直に落ちてくる水の勢いに負けず、水中でキラキラと輝くその姿はミーヤたちをしばし魅了した。しかし驚くのはまだ早かった。
「今度はなに!? さっきの魚が!
ちょっとミーヤも見て見なさいよ! 滝の一番上まで行ってから飛び降りてるわよ!」
「見てる見てる、見てるからそんなに揺さぶらないで!
魚が雨のように降るなんて不思議な光景だわ」
「ワシもこんな光景を見たのは初めてだ。
いったいこりゃ何が起きてるんだろうなあ」
「滝が始まってるところまで行けばそのまま泳げるだろうになあ。
なんでバカみたいに落っこちてくるんだ?
まあ魚に聞いてみなきゃ実のところはわからねえがな。
ルカ、アレ一匹くらい獲れそうか?」
トラックがそう言うと、ルカは矢の後ろへ糸を縛り付けて滝めがけて弓を引き絞った。あれだけ泳いでいれば適当に射っても一匹くらい刺さるだろう。しかし何度やっても獲物はかからない。
「ダメだな、水面ではじかれちまって魚まで届かないよ。
水中用の矢は持ってきてないんだ」
「じゃあこうやったらどうかしら。
ちょっとひらめいたから試してみるわね」
レナージュはそう言いながら滝ではなく上空めがけて矢を射った。しかし撃ちだされた矢は滝まで届かずに崖の中に落ちていく。レナージュは舌打ちしながら糸を手繰っている。
「なるほど、アンタ賢いな。
よし、真似してみるとしよう」
ルカはそう言ってレナージュよりも浅い角度で矢を撃ちだす。すると滝の上から水中へと進んだ矢に魚がかかったらしい。
「んもう、私が思いついたのに先を越されるなんてカッコ悪いわ。
こういうのは一発で決めないとダメね」
「そんなことないってば。
レナージュの思い付きがあればこそさ。
僕もどちらかと言うと考えるのは苦手でね」
ルカはトラックやレナージュよりも大分冷静な性格らしく、ちゃんとレナージュへ敬意を払うことを忘れなかった。やっぱり人はこうじゃなきゃダメだ。冒険者なんて危険な稼業だから気の強さも大切かもしれないが、仲間同士でいがみ合ってもいいことは無い。
「こんな魚見たことないなあ。
口が随分とがってて刺さったら痛そうだ」
「誰かこの魚見たことあるか?
俺もこんなの知らねえぜ」
ルカもトラックも知らないとなるとダルボに期待がかかる。しかしこの最年長のドワーフでさえも見たことの無い魚だと言う。そう聞かされたミーヤは、言わなくてもいいのに余計なことを呟いてしまった。
「てれすこ……」
「知っているの!? ミーヤ!」
「いいえ、知らないわよ。
誰も知らない魚だって聞いたら自然と口から出てしまっただけ。
とくに意味は無いから気にしないで」
レナージュが目を光らせて聞いてきたので思わず焦ってしまったが、その場しのぎでなんとかごまかした。もちろんミーヤがその魚のことを知っているはずはなく、わかっているのは誰も知らない魚だと言うことだけだ。
ちなみにこの『てれすこ』なる魚を干物にすると『すてれんきょう』と言う魚に変わるというのは、はるか昔、江戸時代とかもしかしたらその前からよく知られているお噺である。
祖父から始めて聞かされた落語である『てれすこ』は、幼かった七海にはまったく意味不明だった。しかしなぜか深く記憶され生まれ変わった今でもよく覚えているほどだ。もちろん成長して意味が分かるようになっていたのは言うまでもない。
その後レナージュとルカの二人がそこそこの数を獲ってくれたので夕飯に食べてみようと言うことになった。そのうち数匹はその場で捌いてフードドライヤーへ放り込んでおくことにする。これで帰ったころには立派な『すてれんきょう』が出来上がっている事だろう。
それにしても人生の中で『てれすこ』という言葉を口にするときが来るだなんて夢にも思わなかった。まあ先のことなんてわからなくて『あたりめえ』だもの、なんて頭の中で一人で落ちをつけてしまい吹きだすのをこらえるミーヤだった。
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