第19話 もぐもぐタイム

「ひいいい! こりゅあたまらん」


「急げ! 早くやってくれ!

 火でも光でもいいからとにかく早く!」


 割れるような頭痛に襲われている中、急に指示されても体がすぐには動かない。それでもなんとか炎の精霊晶を呼び出して前方へと投げる。同時にレナージュも光の精霊晶を投げていた。その効果はすぐに表れあっというまに頭痛が収まっていく。


「ちょっと数が多かったな。

 今までなにもいなかったから油断していたかもしれん。

 この先は何があるかわからねえから気を引き締めねえと」


「今のが音波蝙蝠っていうやつなのね。

 頭が痛くなっちゃってまいったわ」


「普通は多くても数匹の群れなんだがな。

 ここは餌が豊富な環境には思えねえのに色々とおかしなことが多いぜ。

 まあ思いがけず魔鉱が稼げたのは悪くねえ」


 岩石蛇が出た広間から少し進んだ先は切り立った崖になっており、その岩肌沿いに進んだ先はまた横穴が続いていた。最初の横穴と違って大分広いのでレナージュは助かったことだろう。


 ただその洞穴の中に無数の音波蝙蝠が群れを成しているところが有り、踏み入れた瞬間に一斉攻撃を受けてしまったのだ。初めて喰らった音波による攻撃は想像をはるかに超える不快さだった。


 さっき通った崖ではなにも襲ってこなくて助かったが、あんな足場の不安定なところで襲われたらと思うとぞっとする。まだ見たことの無い魔獣ばかりでミーヤは神経をすり減らす思いだった。


「そろそろお昼だし休憩したいわね。

 ちょうどいい場所があったら少し休みましょうよ。

 いつまた狭くなるかわからないから腰をほぐしておきたいわ」


「そうだな、不慣れな場所で大分疲れただろう?

 ここらで一息入れておくのも悪くない」


「まるで自分たちは疲れてないけど私たちのために休んであげる、みたいな言い方。

 私は別に疲れてないかいないのよ?

 でもミーヤが持ってきてるおやつが気になるから休憩するだけなんだからね」


「なんだかヴィッキーったらトラックへの当たりがやけに強いわね。

 そんなに嫌うほどまだお互いのこと知らないと思うんだけど?」


「ミーヤったら面白いこと言うのね。

 知ってるとか知らないで態度を決めてるわけじゃないわ。

 ただ単に、やたら上から目線な人を見下すような人が嫌いなだけよ」


「それは考えすぎじゃないかしら。

 トラックたちから見たら私たちなんてひよっこだもの。

 もしものことが無いように細かく指導してくれているのよ」


「いや、俺の言い方が高圧的だったのかもしれねえ、悪かった。

 俺たち六鋼はいろいろ事情があって一人になっちまったやつらで結成したんだ。

 そのせいで他人への気遣いがあまり出来ているとは言い難い。

 だから爪はじきもんになったんだってわかっちゃいるんだがな……」


 どうやらトラックたちにもいろいろな事情があるようだ。ミーヤはことあるごとにトラックへ突っかかるヴィッキーをなだめながらとっておきのおやつを取り出した。


「これ、ジスコにいる時に作ったものであまり数がないんだけど良かったら摘まんで。

 甘いの苦手な人がいたら別のを用意するわ」


 ミーヤはチカマから守り続けてきたとっておきのムラングを取り出し、隣のレナージュへ手渡し順番に回してもらった。やはりイライラしているときには甘いものが一番だ。


「ほう、これは面白い口当たりだな。

 これもミーヤが作ったのか?

 料理ができる冒険者なんて聞いたことなかったが、出先でも食が楽しめるのは悪くないな」


「やっぱりミーヤはすごいわね。

 ああ、久し振りにピッツァも食べたいわあ。

 せめてチーズだけでもいいからないかしら?」


「チーズならあるわよ。

 パンの上で溶かしてあげるわね」


 ミーヤはヴィッキーへパンを持たせベーコンを切って乗せてから軽く炙った。さらにその上へチーズを溶かしながら垂らせばピザパンの出来上がりだ。


「はああ、このとろけたチーズがたまらないわ。

 やっぱりあなたは王都に残ってお店でもやりなさいよ。

 毎日食べに行くわ!」


「そんな大げさよ、王宮の料理人に覚えてもらったんだからいつでも食べられるでしょ。

 良ければトラックたちも食べない?」


「お、おう、俺たちも貰っていいのか?

 すげえうまそうじゃねえか。

 チーズの香りがたまんねえぜ」


 結局レナージュ含めた全員分のピザパンを作って全員で頬張った。最後に口直しとして果物を切り分けていると突然ダルボが立ち上がり周囲を警戒しだした。


「ダルボ、一体どうした!?

 特に気配は感じねえぞ?」


「今急に風が流れてこなかったか?

 地上と繋がってる箇所があるのかもしれんがな。

 大型の翼をもった何者かが羽ばたいた加納井だってあるわい」


 全員で辺りを見回しながら警戒していると、確かに頬へ当たる空気の流れに気が付いた。確かになにか起きている。全員に緊張感が走ったその時――


 ミーヤの顔の前を、たった今切り分けたばかりの果物が通り過ぎた。それは空中に浮いたままミーヤの頭の上へと向かい着地した。


「ああびっくりした、何かと思ったらあなただったのね。

 いなくなっちゃったと思ってたらついて来てたなんて驚いたわ」


 だが驚いたのはミーヤだけではない。頭の上で果物を齧っている小さな生き物を見た一行は目を丸くしている。ベテラン冒険者の六鋼メンバーは当然シルフの存在自体は知っていたのだが、レナージュと同じく人と一緒にいる妖精を見るのは初めてだったようだ。


「まさかそれ妖精なのか?

 調教して配下にしてるわけじゃないんだよな?

 いやあ、こりゃ驚きだよ」


「そうだなあ、ワシも長く冒険者やってるが初めて見た光景さ。

 話に聞いたこともなかったくらいだから相当珍しいことなんじゃなかろうか」


「私も初めて見た時は驚いたのよねえ。

 でもやっぱり珍しいものだってわかって少しホッとしたわ」


「これもやっぱり神人様の力なのかしらね。

 まったくミーヤにはいつも驚かされてばかりだわ」


「はあ!? 狐の嬢ちゃんは神人様なのか!?

 まさか生きてる間に神人様と出会えるなんて思ってもみなかったぜ。

 いやあありがたやありがたや」


 とうとうヴィッキーが口を滑らせてしまった。別に秘密にする必要はないのだが、必要以上に畏まられたり崇められたりするのは気恥ずかしいのであえて教えていなかったと言うのに。だがそれは取り越し苦労だった。


「そうか、じゃあジスコで騒ぎになってる料理屋って言うのはお嬢ちゃんの仕業ってことか。

 ジスコはなぜか知らんがそう言うのに恵まれてるよなあ」


「恵まれてるってどういうこと?

 ジスコには長く住んでるけどミーヤ以外に神人様が来たことなんてないわよ?」


「いや、俺も聞いた話だけどな、大昔に神人様が立ち寄って村人へ料理を振舞ったんだとさ。

 それが元で二つの村の間にマーケットが出来て野外食堂が始まったんだとよ。

 今もあるだろ、ラーメンって食い物がよ」


「ああ、あれも神人様のレシピが元らしいわね。

 でも街になる前みたいだし、看板を掲げてるわけでも無いしずっと昔の話ってことね」


「ローメンデル候なら知ってるかもしれんがな。

 たしかダルボよりもずっと年上だろ?」


「確か二十は上だったと思うぞ。

 ワシはこの国へ来てから十五年くらいだからジスコのことはよく知らん。

 だが西のターマ国にもラーメンはあったぞ。

 残念ながらすでに神人様はいなかったがな」


 豊穣の女神によれば神人は全部で八人いると言っていた。ミーヤ以外がどんな前世だったのか知る由もないが、少なくとも一人はラーメンになじみのある人物と言うことになる。食べた感じでは日本のラーメンではなく刀削麺だったので中華圏の人かもしれない。


 他の神人の功績? だと個人番号管理機構を作った人もいるらしいが、それがラーメンと同じ人なのかどうかはわからない。その他にもきっと色々なものに関わっているのだろうが、ミーヤはその中でも最底辺に位置している変な自信があった。


 まあ神人には寿命がないので先の人生は長い。少しずつなにか出来るようになっていけばいいだろう。あまり難しいことを考えるのは性に合わないと自分へ言い聞かせるミーヤだった。

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