魔王さまの古本屋。

arm1475

百年も続く人類と魔族の闘いはまだ続いていたハズでした。

 流石に人類と魔族との闘いも百年も決め手も無く続けば、ある程度膠着状態陥るのは当然であろう。この数年、大きな戦災も起きず、このまま平穏に終戦を期待する者も居た。


 北方にある魔族の生存圏たる魔界に近い、事実上最前線であるランス王国の城下町の外れにその古本屋が出来た事にリンが気づいたのは数日前だった。

 宮廷魔術省に務める魔導師の一人であるリンは、現在抱えている魔素の制御という課題に行き詰まり、気晴らしに城下町を歩いていた時にその店の存在に気づいた。

 扉も無い掘っ立て小屋の中にボロい本棚を並べて無造作に本を突っ込んでいるそれが果たして本屋と読んで良いモノか。

 リンは他の仲間にその古本屋について聞き回ったが、何故か誰もその店の存在を知らないという。正直リンは迷ったが、好奇心と本の虫の血が騒いで抗えず、気がつけばその謎の古本屋の入り口を潜っていた。


「んー。粗末な掘っ立て小屋にしか見えなかったのに、中は意外と広……いやいや広すぎない?」


 リンが店内を見回すと、どう言う訳かその室内は外の粗末な店舗の見た目からあり得ないほど広かった。


「……魔力を感じる……」


 リンは自作の魔力感知能力を付与していた眼鏡がうっすらと光を帯びて反応している事に気づく。


「空間圧縮……いや置換かな?」

「ほう、よくお分かりで」


 リンは自分のつぶやきに応えた声の主に気づいた。

 驚いて振り向くと、そこにははたきを持った銀髪の美女がぽつんと立っていた。


「あなたは……」

「失礼、われはこの粗末な古本屋の店主でして」

「あ……」


 リンは思わず口を押さえた。


「あー、気にしてないから気にしてないから。適当に建てたから吾も掘っ立て小屋としか思ってない」

「建てたっていうか……」

「空間魔法は魔導では基本中の基本中でしょ?」

「確かに基本ですが……この広さは相当……」

「ほら」


 店主と名乗る美女は直ぐ近くにあった本棚から古本を一冊つかみ取ってリンに放り投げた。

 リンは咄嗟のことで慌てるが何とかその本をキャッチする。

 ふう、と安心してその本のタイトルを見たリンは思わず目を剥く。


「あの――これ――タイトル――」

「空間魔法の基本指南書だが」

「これ400年前の魔導大戦で失われた喪失原典にそっくりなんですけどぉ!?」

「何じゃ若そうに見えたのに中身ババァだったのか」

「あたしはまだ19です!」


 リンは店主を睨み付ける。


「魔素を利用した記憶保管技術で資料化された魔素映像で観た事があるだけ」

「魔素映像――ああ、人間の記憶を魔素で量子化して外部保存する古い技術か」

「古いって……」リンは仰ぎ、「実用化出来たのは割と最近なんですけどっ」

「人間界の魔導技術は相変わらず進歩せんのぅ」


 呆れる美女店主を見て、リンはこの人何言ってるの?と少し苛ついた。先日よりリンを悩ましている魔素の制御問題は古いと鼻で笑われたまさにその技術の中核で、散逸しやすい魔素を安定させるのは並みの魔導師では非常に難しい技術であった。現時点で人類にそれが可能なのは、魔族との戦争で最前線に居る冠位魔導師マスターアザゼンだけである。


「つまり魔素量子化したアザゼンの記憶で知ったと言う事か」


 美女店主のつぶやきにリンは困惑する。


冠位魔導師マスターアザゼンが魔導大戦から世代転生して現在もおられる事を知ってるのは宮廷魔術省の人間だけなのに……」

「あー、われとアレとは古い知り合いだから気にしない気にしない」

「アレ」


 人類最高最強の魔導師をアレ呼ばわりする青年を見てリンは更に困惑する。


「というか知り合いって……」

「それはどうでもよくね? 今、お嬢さんに必要な本っしょソレ」


 リンは美女店主がソレと指した、手にする魔導原典を見る。


「あ」


 確かにその魔導原典は、宮廷魔術省の資料で得た知識と記憶に間違いなければ、空間魔法の基本である、魔素を制御するためには必要な魔術回路が解説されているものだった。

 コレさえあればアザゼンに直接指南して貰えなくても、自分のような宮廷魔術省末席の駆け出し職員な魔導師でも簡単に制御出来るだろう。否、そんなレベルでは無く、人類が魔素制御する技術が飛躍的に発展する希少な魔術回路を得られるハズだった。


「なんでこんな凄いモノが……」

「この本屋はねぇ、われが読み終えて要らなくなった私物の本を売るために開いたんだ」

「私物の本」

「うん」

「要らなくなった」

「うん」

「まってちょっとまって」


 リンはその場で頭を抱えた。


「情報量が……情報量がハチャメチャになって押し寄せてくる……ううっ」

「もしかして泣いてる?」

「泣いてない! ていうか泣いてる場合じゃ無いっ!」


 リンは立ち上がった。


「まさかここにあるあなたの私物の古本ってヤバいのばっかり?」


 そう言ってリンは近くにあった本棚から一冊の本を引き抜いて美女店主に差し向けた。


「あ」


 美女店主はその本を見て瞠る。


「何」

「キミが手にしてる本」

「うん」

「覇界神召喚原典」

「え」


 ごう、と音が鳴る。店内の天井に凄まじい魔素が集まり、圧縮してやがて異空間と繋げる巨大な昏い穴を穿った。

 やがて巨大な爪が穴から出てきて縁を掴んでこじ開け、穴の奥から禍々しい影が顔を出そうとしていた。コレは確かにヤバい(語彙力)

 それを見ていたリンの顔はみるみるうちに青ざめる。先の魔導大戦の人類最大の敵であり人類を1パーセントまで減らした最悪の存在である覇界神の姿は冠位魔導師マスターアザゼンの記憶映像を通じてリンも知っていた。

 リンが手にしているソレは、覇界神の力を使って世界征服を企んだ悪党魔術師が所有していた禁書であった。その禁書は魔導大戦終了時に焚書されていたはずで、もし現存していたら魔力を持つ人間が手にした時点で覇界神を召喚してしまう危険な魔術回路を組み込まれた魔導原典であった。

 リンは最悪の事態に声を失った。

 だがそれは最悪の存在の出現では無く、やれやれ、と頭を掻いて飛び上がり、穴から顔を出した覇界神をぶん殴って穴の奥へ吹き飛ばして穴を塞いだ美女店主の一連の行動を目の当たりにしたからであった。


「あの野郎、コミュ障の癖にちょっとでも召喚ばれると何も考えずに出てくるから始末に負えん」


 最悪の災禍をそのたおやかな拳でねじ伏せた美女店主は、呆然としてているリンからその原因となった召喚原典を取り上げて本棚の元の位置に戻した。

 リンはそこでようやく我を取り戻す。


「な――」

「この掘っ立て小屋の本屋はねー、ここにある古本もそうだけど、読み手を自ら選ぶのよ。選ばれないと本屋の姿さえ見えない。魔導原典が自分を必要としているキミを選んだから入店出来た。でも無理矢理関係ない本を手にすると今回みたいな大変なことになるから注意してねー」

「あ……はい」


 リンは済まなそうに頭を下げる。


「――ていうか! いま殴った! あの覇界神を! グーでっ! グーでぇっ?!」

「魔力を込めた拳なら――ああ、今の人類にはわれみたいな芸当は無理か」


 苦笑いする美女店主を見てリンは二、三度、口をパクパクさせて、


「……あなた……何者……?」

「魔王です」


 美女店主はしれっと自己紹介した。そして何故か照れくさそうに鼻を掻き、


「……あ、いや、元、なんだけどねー」

「元」

「お恥ずかしながら、魔界から追放されまして」

「はい?」

「窮すれば斯に濫すというか……魔界追放されて人間界に来たけど生活費稼がなきゃならないから私物の本売る羽目になって、いや本当、本の虫にあるまじき赦されざる行為」

「まって――情報量が……情報量がハチャメチャになって押し寄せ」


 人類はここに、百年も続く人類と魔族の闘いが膠着状態に陥った本当の理由を知る事となった。



                     おわり

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