第24話

神殿の呼び出しは成人の義か、大きな罪を犯したときの裁判くらいしかない。


すでに成人の義で鏡を授けられたイヨは、自分の罪を数えていた。




「リュウちゃんのとこで、島スープ勝手に持って帰って朝御飯にしてたくらいしか………あ、ヨシ兄のカバンにカエル入れてたのとかも………。もしかして、カミソリの輸出で商人と契約したのあかんかったんかな……っ。ど、ど、ど、どうしよう。呼び出しとか怖い……。」


チラリとマダムを見ると、イヨとは違い落ち着いた表情で微笑んでいた。ただ、派手系美人の微笑みは逆に落ち着かない気持ちになる。イヨはさらにそわそわしだした。


「もう、イヨさん落ち着いて。呼び出しとは違いますわよ、ちゃんとした依頼ですわ。ただ、相手が――――。」


「お二人とも、いらっしゃいましたよ。」




岩都の中央にある白い岩と朱色の装飾のある神殿に来ていたのは、マダムローザンヌとムラクモ、そしてイヨの三人であった。


ただ呼ばれたのは成人の儀をした豪華な部屋ではなく、奥まったところにある地味な白い岩部屋であった。白い曇りガラスみたいな虫の甲殻の窓が、外の明かりを取り入れて部屋を照らす。落ち着いた配色の家具などを見ても、恐らく呼び出した人の私室になのだろう。プライベートスペースなんかに入り込んで、そわそわしないほうがおかしい。


三人の座った淡い緑色のソファの前には、一段高い朱色の椅子が置いてある。その事からも、さすがのイヨも誰の呼び出しかは予想がついていた。そんなわけで、動揺から余計な事を言ってしまっただけであった。




(みんなの顔の毛を剃ったことって、実は不味かったのかな………。もしかして、ドワーフの伝統がーーとかお叱りの呼び出しなんじゃないかな。どうしよう、この顔毛が、本当は大切なものだったりしたら……。)




自分の顔の毛をどうにかしたかっただけなのに、気がつけばユキホムラの流行りとなった顔剃り。一年少しの間にほとんどのドワーフが顔を剃ってしまったらしい。


それに洗顔やローション保湿、髪の毛のトリートメントなどの習慣。ダイエットの概念や体操、食生活。自分のしたことがこんなにあちこちに影響を与えるなんて思ってなかったから、前世から小心者のイヨはおもいっきりビクビクしていたのだ。


入室してくる扉の開く音にまで、びくりと肩を振るわせた。




まずは、髭を剃らずにふさふさとなびかせ、頭の毛は後ろでひとつに結んだ男が現れた。鋭い目付きはイヨには見覚えがあった。巫女の弟、イクオミである。イクオミはぎろりという効果音のつきそうな睨みで、三人の訪問者を見た。




(成人の儀のときより、目付きが鋭いよー! 絶対なんか怒ってる気がする……。)




イヨは全身凍るような気持ちになりつつ、イクオミの一挙一動を見つめながらじっと待つ。


イクオミは薄い透ける素材の布を持ってきており、三人の座る前にあった朱色の椅子にふわりと掛ける。貴人が座るためには恐らくこの布が必要なのだろう。


機織りの母を持つイヨは、ついどんな布かなと目をやる。シャリ感のあるちりめんの織物でシフォンジョーゼットに見えた。見るからにさらっとしていて肌触りが良さそうである。


イクオミが布を整えて、奥を見やると視線の方から衣擦れの音が近づいてきた。


イヨは隣のマダムやムラクモが立ち上がり頭を低く下げているのを見て、あわてて起立し頭を下げた。


近づいてきた衣擦れの音は目の前で止まり、椅子がキイと鳴った。座ったようである。




「面をあげて、楽にせよ。」




イクオミの声で顔を上げると、レースに似た布のベールで顔を隠した巫女が座っていた。胸元にはこの国の巫女の証である翡翠色の勾玉が輝いていた。

成人の儀でもこんなに近づかなかったから、イヨの緊張はピークに達した。楽にせよって、なんて意味?と考えるくらいに。


促されてまたソファに腰を下ろすと、前置きもなく巫女はイヨに話しかけた。



「そなたが……ユキホムラのドワーフの顔から、全ての毛を消した娘か。」


「は。一応、そのように言われておりますが……。」


「なるほど。美しい肌が見えておるな。」




イヨはベールがぐいと近づくのを、固まったまま感じていた。じーという効果音が聞こえそうなほど見つめられる。毛のない顔を見るにしても、ずいぶん顔を近づけている気がする。イヨは背中にじんわり汗が流れていくのを感じていた。




「……のう、わらわの顔も、エルフのように出来るか? 」




「ひ、姫巫女様!! 」


後ろからイクオミが慌てた声を出す。


巫女は成人の儀の姿とは全く違う、舌打ちしそうなほど悪い態度で後ろを振り返り、イクオミに文句を続ける。


「わらわもエルフみたいになって悪いのか? 別に、顔剃りは悪いことではなかろう。お主に言われてちゃあんと調べたが、顔に毛を生やすのがドワーフの伝統だとかそういう記載は、どの歴史書にもなかっただろう。全く、イクオミは変化を嫌いすぎるの。」


「……ですが。」


「汗が少なくなった、痒みがへった、婚姻率がちょっと上がったなど、聞けば良いことばかりではないか。」


「………〜〜〜! 」


「役所の長老も婚姻率の話を聞いてホクホクしておったぞ。夫婦で住める新しい岩穴も売れ行きが良くて景気も上向き。さらに来年から出生率も期待出来ると、な。―――わらわもおぬしも年頃。期待に満ちた目で見られたわ。この職を継ぐのに血は関係ないとは言え、なあ。くくく。おぬしも、さっぱりしたらどうかね。」




イクオミがなにも言えなくなったのをみて、巫女は座り直した。それからイヨのほうに向き直り、ベールをめくって言った。




「おぬしに、この顔を………エルフやヒューマンの娘のようにして欲しい。」

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