異世界転生して毛深いドワーフになってしまったので、まずは顔の毛を剃ることから始めようと思います

花澤あああ

第1話

その世界はパンゲアと呼ばれていた。

パンゲアで一番大きな大陸の北側にあるトルク火山の麓に、ユキホムラ岩国という小さなドワーフの国がある。

大陸の端っこで、その東には広い大洋しかないという恵まれない立地条件であり、近隣からは大きめの街と言われてしまうほど小さな国だが、それなりの賑わいがあった。

それはいくつかあるドワーフの国のなかでも、ヒューマン等他の民族との交易もさかんなためだ。どの種族とも比較的友好な国であり、エルフの国とも敵対していない珍しいドワーフ国でもある。唯一隣国である土鬼族のマト大国と領土争いをしている程度だ。まあそれも現在は長い長い休戦状態であるが。


ユキホムラ岩国は魔物から身を守るの結界"ユキホムラの聖岩"を中心としてできた国であり、その岩を守る白き巫女とそれぞれのムラから選ばれた"長老"たちが治めている。

巫女は聖岩の結界を保つのが仕事であるため、実質長老たちが政治を行っており、王政の多いパンゲアには珍しい共和制に似た国である。






岩国と言うだけあって、ドワーフたちは白い岩山に横穴を開け住居としている。

段々畑のような岩肌に規則正しく開けた穴には明かり取りのために硝子石や魔虫の外殻など透明度の高い素材を窓にして取り付けてあり、夜になると窓からの光が輝き見事な景観だと評判であった。暇をもて余したヒューマンの貴族が観光に来るほど、美しさが売りの国でもある。


外側だけでなく内装も職人気質の多いドワーフたちのこだわりの家具やシックな壁紙は木細工や皮細工で出来ており、派手な成金と対極で有るがゆえに、ユキホムラ様式はワビサビな通好みの貴族たちに人気であった。


酒や食べ物もユキホムラのドワーフ独自の文化が発生しており、そこに目をつけた商売人ドワーフたちが観光にも力を入れているため、ユキホムラにはさまざまな人種が遊びに来る観光地となっている。




岩山の内側にはトロッコが走っていて、魔鉱石の採掘場や魔石狩りのダンジョンまで続いており、平日は働き者のドワーフたちでさながら満員電車のようになっている。


しかし今日は季節に一度の成人の義であるため、トロッコには白の神殿に向かう12歳のドワーフたちとその親しか乗っていなかった。


長命種のドワーフにとって12歳とはまだまだこどもではあるが、神の箱庭パンゲア全体で"12歳は成人"と言う扱いであるため、現在はそれに習って成人の義を行っている。

昨日まで教会の学校に行っていた12歳のドワーフたちは、この日を境に家業の手伝いとなる。いわゆる社会への旅だちの日。

いつもは作業のための古着しか着させてもらっていない子供たちも、この日ばかりは作って貰ったばかりの新品の服を着ている。


今年成人するイヨも、他のドワーフたちと一緒にトロッコに乗っていた。岩の都のすぐ西にあるビワガタケイブという村からの短めの旅路である。


織り師である母タエが去年から丁寧に織ってくれた白地のシルキーキャタピルの着物は透かし織りになっており、下地の橙色がうっすらと透けて美しい。さらにその着物を深い赤色のブラッディワームで染めた帯を締めており、シルキーキャピタルの布を引き立てている。


八人兄弟の末っ子であり、たった一人の娘であるイヨは甘やかされぎみで育っており、他の成人よりもひときわ目立つ綺麗な着物もその証であった。




緑がかったイヨの肌によく似合っていると父であるゲンも目尻を下げていたが、あまりに揺れるトロッコに酔ってしまいせっかくの衣装に吐いてしまわないようにするのが精一杯になっていた。


7人いる兄のうち3人が毎日このトロッコで採掘場へ向かっていることを考えると(…兄ちゃんたちすごいな)と驚嘆するばかりであった。








「イヨ、着いたわよ」




トロッコ酔いのため目を閉じていたイヨは、タエの声にゆっくりと目を開ける。


終着駅は神殿の真ん前であった。


目の前にはこの世のものとは思えないほどに美しい真っ白な神殿があり、イヨや新成人のドワーフたちは思わず感嘆の声をあげる。


職人気質のドワーフたちが作った最高傑作とも名高いユキホムラの神殿は宝石のように磨きあげられた白岩で出来ており、波ひとつない湖面のように眩しくそして穏やかに広がっていた。


余計な装飾はないが、彫られた岩の陰影だけで気品と豪華さをを表している。あまりにも大きな建物はドラゴンも住むことが出来そうなほどで、建物すべてをみるためにイヨは首を上げたり下げたり動かさなければならない。


白い靄が辺りに立ち込めており、幻想ファンタジーさを演出しているようだった。




「イヨ、口が空きっぱなしよ。このあと巫女様に会うんだから…。 せめて巫女様の前だけでももう少しシャンとしなさいよ?」




タエは呆れたような声を出すが、遠くからは結界に阻まれて神殿を目にすることがない子供のドワーフたちにとって、成人の義が初めて見る神殿なのだから仕方ない。


タエに言われて口を閉じたものの、キョロキョロと落ち着きのないままイヨは朱に塗られた通路を通り巫女様の鎮座する祠まで進む。祠の前の広場には今月成人するドワーフたちがイヨと同じように落ち着きなく目を動かしていた。

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