10話 乗客
それから1ヵ月、魔力制御はほぼ完璧にマスター出来たみたいで、特急運用も最小限の魔力で運行できるようになってきた。乗客の顔ももっと覚えてきて、色んな乗客と話をするようになって、ボクの列車に乗るのを楽しみにしてくれてる人達も出来てきた。
クラクトン・シー駅で出発準備をしていると、野菜売りの明子おばあちゃんが乗ってきた。
「おはよう、17号列車ちゃん。」
「おはようございます、明子おばあちゃん。今日も荷物がいっぱいですね。」
「今の時期はね、キュウリが旬なのよ。それでね、今年は豊作なの。だから、キュウリがいっぱい。ほら、この大きくてみずみずしいキュウリ。美味しそうでしょ? あ、17号列車ちゃんはキュウリ好き? 食べてみる? 私のキュウリ、すっごく美味しいんだから。」
「ボク、キュウリ好きですよ。田舎みそとか付けて食べる、もろきゅう。キュウリの浅漬けも旨いですよね。」
「おばきゅう?浅草? 聞いたことない料理だけど。。 とにかく17号列車ちゃんは、キュウリ好きなのね。 じゃ、これ食べてみて。今収穫したばっかりのキュウリ、ちょっとだけ、お塩かけて。はい。」
あ、この世界にはもろきゅうとか浅漬けとか無いんだな。転生もののテンプレみたいなこと言っちゃったな。明子おばあちゃん、聞き流したみたいだから、ま、良いか。
「うわっ、綺麗なキュウリ。良いんですか、食べちゃって。えへへ。ラッキー。」
ポリッ。
「うわ、シャッキシャキで甘い。採れたてキュウリってこんなに甘いんですね。」
「でしょー、美味しいでしょ。」
「お、17号列車、おばあちゃんからキュウリ貰ったんだ。それ、美味いよな。」
駅員が寄ってきた。
「これ、甘いんですよ。ほんとに美味しい。」
「だよね。だからカスティリア中央で皆がおばあちゃんの野菜が来るのを待ってるんだよ。あ、そろそろ出発ね。」
そうだよな。おばあちゃんが毎日こうやって大きな荷物持ってカスティリア中央まで行ってるから皆が美味しい野菜が食べられてるんだよな。
「カスティリア中央行き普通列車、発車しまーす。」
ドアを閉めて、出発信号機の指示を待つ。
「おーい、今日もカスティリア中央まで元気に安全運行で頑張ろー。17号列車、速度制限は60キロで進行許可!」
「出発、進行。制限60!」
「あのね、キュウリはね、ここのトゲトゲのところがとんがってると新鮮なのよ。でね、ずっしりと重いと、みずみずしい証拠なの・・・」
「キュウリは煮ても美味しいのよ。信じられないでしょ。でもね、農家では収穫が多い時にはね・・・」
その後も、カスティリア中央につくまで、新鮮なキュウリの見分け方講座と、キュウリのレシピ講座が延々と続いた。明子おばあちゃんが楽しそうに話をしている姿は可愛らしいんだけど、ボク、列車だから料理することが無いし、そもそもキュウリを買いに行かなから、あんまり参考にはならないんだけどね。
カスティリア中央からの帰りの運行では、ネコ族の女子高生、タマミちゃんが乗ってきた。
「17号列車さん、こんにちはー。」
「こんにちは、タマミちゃん。あれ?もう学校終わったの?」
「そう。今日はちょっと早いの。先生たちの会合があるからって、授業が短くなったの。」
「へぇ、そうなんだ。じゃぁ、帰ってからいっぱい遊べるじゃない。」
「だめなのよ。ちゃんと宿題もいっぱい出てるの。先生たちの都合で授業時間が変わったのに、ズルいわよね。」
「あははは、そんなに甘くなかったか。」
「昨日だってね、英語のサンティス先生が急に小テストやろう、とか言いだしてね・・・。」
「数学のサラ先生の宿題って、いつも宿題の提出期限が翌日までだから・・・。」
「体育の授業がずっと縄跳びだったのよ。小学生の休み時間じゃないんだから・・・。」
タマミちゃんは口を尖らせて、ずっと昨日の授業の文句を言っている。
その話をケラケラ笑いながら聞いているうちにクラクトン・シーに戻ってきた。
次の朝、クラクトン・シーのホームに入線すると、タマミちゃんが待っていた。
「おはよー、17号列車さん。」
「おはようタマミちゃん。そうだ、昨日の宿題は終わった?」
「もう。夜中の2時までかかっちゃって、大変だったのよ。だいたい、授業が早く終わった代わりに、深夜までかからないと終わらない量の宿題だすなんて本末転倒よ。お肌にも健康にも悪いわ。学生にだって人権があるんだから。タマミは断固学生の自由の権利を主張します!」
「あはははは。タマミちゃん、最近よく怒ってるよねー。」
「えー。そんなことないもん。タマミは怒りっぽくないもん。」
「ほら、また怒った。 ははは。」
「もう! 17号列車さん! 出発の時間ですよ、出発。」
「あははは。はいはい。」
毎日こんな調子だな。ボクの場合、前の世界では非リアな鉄男(鉄ヲタ)だったから、人と話をすることがあまりなかったので、毎日いろんな人と話をしながら仕事してるなんて、まさに別世界だ。まぁ、別世界というか異世界なんだけどね。
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