魔法列車
@Sakamoto9
1話 列車?
山の中の無人駅のホーム。雑草が生えている線路、ペンキの禿げたベンチ、そして、錆びて欠けてしまった駅名標。待合室には古ぼけた観光案内のポスターと手書きの時刻表。平日だからなのか、無人駅にはボクしかいない。
聞こえてくるのは鳥のさえずりだけ。それでも、駅の出発信号機は赤く点灯し、ここが生きている鉄道の一部であること主張しているかのようだ。素敵だ、このアンバランス感こそが無人駅の醍醐味だと思っている。今日は国鉄型気動車にも乗れたし、誰の居ない駅はボクだけの貸し切り撮影会会場になったし、とても良い鉄分補給が出来てるぞ。
両手を大きく広げて深呼吸して、無人駅の香りを胸いっぱいに吸い込んだあと、一旦駅を出た。なぜなら、次の列車は3時間12分待たないとならないのだ。
駅前の古ぼけた案内看板を見ると、徒歩15分のところに展望台があるらしい。時間もあることだし、たまにはハイキングっぽく歩くのも健康に良いかも、と歩き出した。だが、道が少し上り坂になった所で既に日頃の運動不足がてきめんにあらわれたようで、右足が痛くなってきた。
もう展望台はあきらめて引き返しちゃおうかとも思ったけど、こういう無人駅の近くのあまり有名じゃないスポットには、旅と鉄路のYUMIさんが来てたりするかもしれない、なんて淡い期待をしながら頑張って歩き続けた。
結局30分近く歩いただろうか、ようやく展望台に着くころには膝もカクカクしてしまっていた。まったく、誰の足で15分なんだよ。とブツブツ文句を言いつつ展望台へたどり着いた。展望台と言っても、木のベンチが2台置いてあるだけの小さなスペースだ。それでも、足の痛みを我慢してでも来る価値が十分にあったと思う。なにせ正面には太陽の光を受けた青々とした山々の稜線があって、眼下には深緑の渓谷が広がっていて、同じ緑の木々なのにこんなにも見事なコントラストの違いを見せてくれているのだから。自然って素晴らしいよな。うん、やはり今日は良い一日だ。
ぷわーん。
気動車の警笛の音が聞こえる。あれ?時刻表では、この時間帯に列車は無いんだけど、臨時列車か回送列車か? ここから、線路見えないかな? 柵につかまって、つま先立ちで下を覗いた。お、わずかに線路が見えたぞ。よし、もう少し。目いっぱい背伸びして首を伸ばした、その瞬間。
バキッ。
え?柵、折れましたよ?
柵に体重をかけていたオレは、展望台から自由落下を始めた。
え?えぇ?えぇぇ? オレって、こんな人生の終わり方なの? 今日のどこが良い日なんだ、最悪じゃないかぁぁぁ、と思ってるうちに、地面が目の前に来ていた。
「おい、時間だぞ、おい、寝てるのか? おーい。」
ん?誰かが呼んでる? いや、ボクは展望台から落ちて・・あれ、ここは何処だ?
ゆっくりと目を開いてみる。ぼやっとした景色がだんだんはっきりと見えてきた。
目の前には線路が続いている。横には長編成の旧型客車のような列車、反対側にも同じような列車がとまっている。え?なんだこれ?
「おーい、出発時間過ぎちゃうよ、おーい、17号列車。」
声のする方を見た。 え?信号機? 信号機がしゃべってるよ? 17号列車?
「・・ボク、のこと?」
「おいおい、新しいボケか? それとも寝ぼけてるのか? とにかく時間だよ、出発してくれよ、次の列車が出せないじゃないか。」
全く意味不明だぞ、
「えぇと、ゴメン、本当に訳がわからないんだよ。」
「オレ達信号を信じて、とにかく次の信号へ向かって進んでくれよ。そこから先は次の信号が指示してくれるから。ほら出発!」
聞きたいのは、そういうことじゃなくて、ボクは展望台から落ちて、目が覚めたらレールの上に乗っていて、17号列車とか呼ばれてて・・・
そういえば、さっきからボクに喋りかけてる信号機の表示板には「出発」と書かれている。ということは、これは出発信号機ってことだよな。
「17号列車、速度制限30キロで進行許可、迷わず行けよ、行けばわかるさ。ダアァー!」
なんなんだ、この昭和ちっくなノリ・・・。
でも、出発信号機の進行表示を見て、胸の奥の鉄魂がワクワクしているのが分かる。
ええい、ままよ!
「了解! 出発、進行!」
ボクはゆっくりと動き出した。レールの上を走っている。
今気が付いたが、視界の下の方には計器類が表示されている。
えぇと、速度が25キロで、ドアが閉、室内灯が消灯、車内温度が25度、なるほどなるほど、でその次は、魔法量が128! 魔法量?なんだこりゃ?
一旦、目覚めた所からだけを整理してみよう。ボクは出発信号機から17号列車と呼ばれて、今レールの上を25キロで走っている。状況から推測するに、ボクは電車?
いや、架線がないな、ということは気動車? まぁ細かいことは置いておくとして、ともかく列車であるようだな。なぜ運転士ではなく、列車なのか? と考えているうちに駅が見えてきた。信号機も見えた。場内信号は進行。
「場内、進行!」
ボクは停車位置で列車を止めると、室内灯を点灯させて、ドアを開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます