偽り姫の災難

みんと

プロローグ 夜明けへのオーバーチュア

 囲まれた――そう思ったときには遅かった。

 城を囲む幾万の兵、飛び交う銃声と怒号……混ざり合う悲鳴。どれも現実ではないように曖昧で、今でも時折、頭の中を走馬灯のようにめぐる。


 ――あれは、ほんの八年前の出来事だ。

 西欧の小国・エイビット王国は突然、隣国の軍事侵略を受けて壊滅した。


 何か因縁があったわけでも、対立していたわけでもない。むしろ両国は同盟国として長い間平和を保ち、共生していたはずだった。

 なぜ――募る疑問に答える声などあるわけもなく、大国の圧倒的な兵力を前に、土地も国民も資源も、何もかも持っていかれてしまった。


 当時エイビット王国の王女だった私は、家族や味方の騎士に促されるまま城を出て、逃げた先でフェルセディア伯爵夫人という女性に拾われた。

 この戦で夫を亡くしたばかりだという夫人は、生まれてこの方、外をひとりで出歩いたことも、頼る場所もない私を憐れみ、何も聞かず、養女としてくれた。

 そして、「キアラ・フェルセディア」と名前を変えた私は、心優しい養母ははへの恩を胸に、かつて国を滅ぼしたアイビア王国で、伯爵家の養女として生きてきた。


 本当の私を知る人は、もう誰もいない。

 父王も、母上も、そしてかわいかった弟も……もう誰一人いないこの土地で、私の願いは、ただ平和に、静かに生きていくことだった。


 もちろん、すべての元凶である戦がなぜ起きたのか。真実を知りたい気持ちもあるけれど、当時の情報は驚くほど不可解なものばかり。

 閲覧できるすべての資料に記された「王の判断」

 その詳細を知る術を持たない私にとって、真実の追及は、ないものねだりをするのも同じ。

 下手に詮索して、恩ある養母ははに迷惑をかけるくらいなら、もういっそ、何も望まずにいればいい。

 誰にも本当を見せず、心を許さず、ただ静かに、平和なときが流れればそれでよかった。


 のに。


 平和な日々はある日突然、終わりを告げた。

 きっかけは、屋敷に届いた一通の手紙からだった――……。

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