私が本屋さんを利用するわけ

最早無白

私が本屋さんを利用するわけ

 私の住む街には小さな本屋さんがある。置いている本はやや少ないものの、駅近なので仕事終わりにふらっと寄れるのがありがたい。現に今も、私はその本屋さんで手頃なものがないか物色している。


 タイトル、分量、ものによっては表紙。これら全てを瞬時に把握できるのは、現物を取り扱う本屋さんならではである。様々な本を比較して、ああでもないこうでもないと迷う時間もまた楽しい。


「お、もうこれ続き出てたのか」


 今回の出会いはマンガコーナー。数年前から読んでいる作品の最新巻だ。ちなみに単行本コミックス派なので、この厚みの中でどういった展開が繰り広げられているのか、なんてのは全く分からない。


「よ~し、今日はこれでいいや」


 私はマンガを手に取り、レジへと持っていく。その途中でこれまた気になる表紙のマンガがあったが、泣く泣くスルー。次回に持ち越しだ。

 店内を三十分ほど探索し、その中で珠玉の一冊を選ぶ。後でどれだけ気が変わろうとも、一度これがいいと決めたのなら、それで正解なのだ。テストの見直しの段階で急に自信をなくして回答を書き変えるも、結局最初の方が正解だった、というアレだ。私は私を信じる。


「ありがとうございました~!」


 自動ドアを抜けると、柔らかな風が私を包んでくれた。ひゃ~! この全能感よ全能感。『読書するんだ!』という事実によって、少しだけ賢くなった錯覚に酔えるんですわ。まあ買ったのはマンガなんだけどね。


 このままウッキウキで帰ろうかというところで、すぐ近くのベンチに目が留まる。そこには本で顔を覆っている、やせ型の男がいた。人通りの多い街中では、それは明らかに異彩を放っていた。え、なにこの人……?


「すぅ……はぁ……ヤバっ」


 ヤバいのはお前だ。ベンチの周りに人だかりができているくらいにはヤバいぞ。あ、写真撮ってる人もいる。


「……えっ。なにこれ、俺本読んでただけなのに。もしかしてペンキ塗りたて?」


 男は終始きょとんとしている。どうやら本人にその集客力の自覚はないようだ。


「いや、これだけ人集まってるのにガン無視なんかい。みなさんどうしたんすか? 誰かなんか言ってくださいよ~」


 おいおい、こっち側に返答を求めないでくれ~! 変に絡まれる前に、さりげなく逃げよう……。


「おっ。お姉さん、そこで本買ってきたんすね。いいっすね~! 俺、本好きなんすよ!」


 本を買ってきたお姉さんって、もしかして……。いや、もしかしなくても私か~! うわ、捕まっちまった~!

 そしてみんなして私の方を見るな! その『行け、身代わり!』みたいな目をやめろ!


 事態が大きくなったら面倒だし、指名された私が対応するしかないか……。


「わ、私ですか?」


「そうそう、お姉さんっす! っていうか、これどういう状況っすか? わけわかんないんすけど」


 同感です。私もお前のわけわかんなさに絶賛振り回され中だよ。さすがに面と向かって『あなたの言動がヤバかったからです』なんて伝えるわけにもいかないので、こいつを心配する方向でいくか。


「あなたがベンチで寝ているかと思ったら、突然『ヤバっ』とか言いだしたので……何かあったのかと思いまして」


「あ~! 俺もさっき、そこで本買ってきたんすよ。んでひとしきり読んで。あ、寝てるってのはアレかなぁ? 単純にっすね」


 ……? 本の匂いを嗅いでた?


「えっと、どういうことですかね?」


「いや~、新品の本っていい匂いするじゃないすか。コレ嗅ぐの好きなんすよ。マジキマります」


「キ、キマる……?」


「はい! まあもともと匂い嗅ぐの好きなんすよね。ポテチなんて袋開けたらしばらく顔突っ込んじゃいますもん。んで色々試してみて、一番好きなのが本だったわけっす」


 要は匂いフェチなんだな、この人。確かに新品の本はいい匂いだし、嗅ぎたくなる気持ちはわかる。あんなにダイナミックにはいかないけど……。


「したらまあ本屋さん行って本買うじゃないっすか。最初はよく分かんねぇ話ばっか書いてて、一体なんのこっちゃって感じだったんすけど。読んでくうちにまんまとハマっちゃいましたわ。今じゃ読むのがメインっす」


 きっかけがどうであれ、読書が好きになったのならそれでいいか。

 話を聞いた感じ、言動がいちいち突飛なだけで、そこまで害はなさそうだ。そしてついつい私も、自分の読書観を男にぶつけてしまっていた。


「私も、純粋な気持ちで読書を始めたわけじゃないんです。なんというか……『読書した私かっこいい!』みたいな。でも、きっかけなんてそんなのでいいんですよね」


 本屋さんで吟味してる私かっこいい!

 数ある作品でこれを選んだ私かっこいい!

 そんな『私かっこいい!』をいくつも繋ぎ合わせて、どんどん自分の視野を広げていく……。


「そんなもんすよね。いや〜、今日は本好きなお姉さんに会えましたし、本当にいいことばっかっすよ。ね?」


「いやなんですかそれ」


 ――まったく、本の読みすぎですよ。

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私が本屋さんを利用するわけ 最早無白 @MohayaMushiro

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