珈琲の森

藤原かふわ

オナホール

 別に、赦してやっても良いと思った。

 突然家に押し入って、まだ幼い妹を殺したあの女。止めに入った母さんを、スタンガンで気絶させて溺れさせた。人間は本当に少しの水で死んでしまうんだと、僕はあのとき初めて知った。

 慌てて警察に連絡しようとしたけど、受話器を取った瞬間に殺されると思った。なにもできなかった。あの穏やかな笑顔が怖かった。

 

 そいつが今日、僕の目の前に現れた。

 無能な警察のせいで、未だに捕まっていない。のうのうと生きているはずだ。そう確信していたのに。

 僕の顔を見るなり、何度もごめんなさいと謝った。座り込んで涙を流して、けれども目を擦ることもなく、怯えたように僕を見上げたまま。

 

 思えば、妹を殺したとき、首を締める手が震えていた。

 母さんを溺れさせたあと、呼吸がすこし荒かった。

 僕が受話器に手をかけたとき、止めようともしなかった。武器はいくらでも持っていたはずなのに!

 

 ――だから、赦してやっても良いと思ったんだ。

 別にこいつを恨み続けたからって、母さんや妹が帰ってくるわけじゃない。

 

「良いよ、赦してあげようか。その代わりにさ、僕の頼みを聞いてよ」

 

 僕はきっと腐っている。

 だから気が付いた。五年前、ただ恐ろしかったこの女。まだ若い。もしかして、僕とほとんど変わらないんじゃないか?

 

 そして、僕はトラウマを背負っている。この女のせいで、一生消えない傷を負った。コイツには償う義務がある。

 その上、僕はまともな思考ができない。この女のせいで心に傷を負ったから。つまり僕はクズで当然だ。

 

 導き出される結論はひとつだろう。

 僕が今、ここですべきことなんて決まっている。この女は僕に逆らえないんだから。

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