本屋さんで夢見てた

おくとりょう

いつかの話

 やっぱり僕は本屋さんが好きだ。

 図書館と違って、「本を買う場所」なんだって言われても、僕は本屋さんの方が好きだった。

 床はいつもツルツルピカピカ。ほんのり、隣の珈琲屋の香りも漂ってくる。近所の薄暗くて、カビ臭い図書館とは全然違。僕はいつも入り口の脇に並ぶ大人の文房具を横目に、キュッキュッと足を踏み締めて奥へと進む。

 最初に目指す先は漫画コーナー。高い本棚には鮮やかな背表紙がいっぱい並んでて、平棚にはときめく表紙がニッコリ並び、可愛いポップがユラユラ揺れる。耳心地のいい曲に振り向くと、小さなモニターでアニメCMが流れていた。明るく賑やかで楽しいそこを、僕はすぐにそこを立ち去る。だって、ほとんどフィルムに包まれているから。

 次に向かうは文庫コーナー。ここも、ドラマや映画の宣伝でとても明るく鮮やかで、何より全部立ち読みできるのがよかった。たまに映画のノベライズがあるのも嬉しかった。お小遣いが浮いたと思った。何千円も払わなくても、観たつもりになった。


 ホントは。ホントは、目につく本は漫画だって文庫本だってを片っ端から買いたいし、映画も気楽に観たいのだけど、僕はそんなにお金を持ってなかった。いや、『そんなに』どころか『ちっとも』持ってなかった。でも、本屋さんには毎日通った。お金がないから毎日通った。ここならたくさん読めるから。

 ただ、店員さんは意地悪だった。読んでいると、すぐに側に寄ってきた。掃除をしたり、本棚を整理したり……。

 とはいえ、読んだ本はどれも素敵で、いつも周りが見えなくなるくらいに読み更けていた。知らないお姉さんを助けてラブコメしたり、殺人犯を推理して襲われたり。ギャングたちから必死に逃げて、密室の中でデスゲームした。都市伝説の秘密に迫り、終わらぬ残業にうんざりした。目につく本を端から手に取り、数多の話に夢中になった。


 そう、それはまさに夢の中。

 ずぅーっと本を読んでいると、だんだん頭がぼぅーっとしてくる。ずっと立っているからかもしれない。視界がだんだんフワフワしてきて、店員さんの舌打ちが聴こえなくなる。白いページは空みたいな青へと変わり、インクの香りはお日さまみたいに暖かい。ページを捲ると、風雨が吹き荒れ、土が気だるい匂いを噴き出す。見知らぬ異国の石畳をコツコツ歩いて、隣の魔女に微笑むと甘い光が僕を包む。僕はパタンと表紙を閉じた。


 ――同時に、彼と目があった。


 僕は本屋の店員で、彼はよく来る中学生。いつも閉店ギリギリまで立ち読みをしては帰っていく。いつも何にも買わずに。

 正直、迷惑だと思っていた。だって、ここは本屋だし。売上は仕入へと影響するから。買わずに読むだけなんて、迷惑でしかない。……そう思っていた。

 重そうな鞄を持ち上げて、キラキラした目で立ち去る彼。ゆらゆら歩くその後ろ姿を、僕はぼんやり見送った。

 そして、彼が棚に戻した文庫本をそっと二冊手に取った。……いつかの分と今日の分を。暇そうに欠伸しているバイトの仲間のいるレジへと向かう。ちょうど今から休憩なので、久しぶりに夢を見よう。

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