名のない君へ捧ぐ
紫乃遼
あと31日
昨日の病院で、帝王切開の日が決まりました。
つまり、君の誕生日が決まりました。
ちょうどあと1か月。
せっかくだから君が生まれるまでの1か月、日記を残したいと思う。
君に読まれることはたぶんないだろうけれど、君はとても文章が好きなようだから、書くだけでも喜んでくれそうだなと勝手に思っています。
絵本の読み聞かせより私の小説の編纂で元気にお腹を蹴る君には、まだ正式な名前がありません。
君の性別は、君が8か月くらいのときになんとなくわかりました。
それまで場所を変え体勢を変え、隠し続けた君の執念は凄まじいですね。
とはいえ私は、本当は男性に生まれたかった人間です。
だから「心と体の性別が一致するとは限らないから」と、君のお父さん――通称「おとーにゃん」「とーにゃ」――を説得して、中性的な名前をつけることにしています。
気に入ってくれるといいな、と思います。
君は、たまに返事をしてくれるから知っているのかな。
あまり嬉しくなさそうなのが気がかりです。
顔を見て「違うな」と思ったら考え直すつもりです。
さて、君が生まれるまであと1か月ですが、君もご存知の通り私とおとーにゃんは昨日盛大に喧嘩をしています。
君もボコスカお腹を蹴っていたので、刺激が強すぎたのかもしれません。
すべては私の持病と、性格のせいです。
君のおとーにゃんは大変優秀な人です。
今ちょっと病んでいるだけで、あと私同様諦めが早いだけで、普通の人、よりちょっと凄い人です。
君の誕生を、私の次くらいには楽しみにしています。
子育てはする気満々で、する気満々だけど、今は仕事疲れとメンタル疲れで弱っています。
私が里帰りしたせいです。
家事も仕事も、一人雪国でこなしています。
凄いですね。
そんなたくましい人が父親で、君はとても誇っていいと思います。
私が母親なことに関しては、ごめんなさい。
私の不自由な体では、すぐ君に置いていかれるのだろうなと思います。
置いていくくらい、君が元気であればいいとも思います。
「こっちは命がけで生むのにごちゃごちゃ言うな!」とおとーにゃんにキレた昨日、君も痙攣を起こす私の体の中で不自由な思いをしたかと思います。
生まれる前から不便をかけてごめんなさい。
抱っことかの練習はしているから、生まれてからの不便はあまりかけないようにできるかと思います。
ただ腕と脚が不自由というハンデは、大きくなる君には痛いのかなと心配にもなります。
言ったら現実になりそうで言いませんが、心配はどうにも尽きません。
君は相変わらず顔を見せてくれません。
おててと腕と、ときにはへそや胎盤を使って顔を隠しています。
ほっぺはむっちりしてきたのかな。
一瞬しか見えなかったけれど。
あんまりにも顔を隠すから、君を平安貴族と呼んでいます。
きっと生まれてからもネタにするでしょう。
悪い意味じゃないので許してください。
今日は、昨日があまりにもハードスケジュールだったので君は控えめですね。
おとーにゃんを送り出すときのポコポコは、おとーにゃんの気力になるみたいなので続けてあげてください。
ってお願いしなくても、ビデオ通話におとーにゃんの顔が映るだけで君は元気溌剌ですね。
素晴らしい。
最近君の殺傷能力が上がってきて「ぐはあ」と呻くことも増えてきましたが、今はとりあえずおとーにゃんの出生体重を超えるよう頑張ってほしいと思います。
君がポコポコボコと動き始めたところで、今日の日記は終わります。
明日はもっとマシなことを書けるといいな、と言わなくても君はこうして文章を書いていると活発に動いてくれるので嬉しく思います。
本好きか、小説家にでもなるかもしれませんね。
いつか本を書いたら読ませてね、なんて、気が早いかな。
でもとても楽しみにしています。
じゃあ、また明日。
君と会えるまで、あと31日。
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