本と麦わら帽子と君と。

らかもち

本文

「は~、今日もだれも来ないか…。」


僕は、本職の傍ら趣味で小さな本屋を営業している。

地方の田舎ということもあり、人はあまり来ない。


ちりんと、扉についた鈴がなる音。


「いらっしゃいませ」


店の入り口には、麦わら帽子をかぶった小さな女性が立っていた。


「わぁ!素敵なお店ですね!」


彼女は笑顔をぱっと広げ、ほほ笑んだ。


「ありがとうございます!座って読むこともできるので、ごゆっくりどうぞ」


何冊か手に取り、席に座って本を読み始める。


「了解です!ゆっくりしていきます~」


僕の本屋は、ごくごく少数のリピーターさんによって支えられている。

もちろん、それでも人数はとてつもなく少ないので赤字であるが…。


こんな田舎に、お客さんは一体どこから来たのだろうか??


「失礼します、よかったら麦茶どうぞ。」


はっとこちらに気づき、慌てて本を閉じる。


「ありがとうございます!」


麦茶を受け取り、ゆっくり飲み始める彼女。


「つかぬことをお聞きしますが…、本日はどちらからいらっしゃったんですか?」


「東京からです」


「随分と遠くからいらっしゃったんですね…。」


そう言うと、彼女は急に真剣な面持ちになって、


「私のこと、知らないですか?」


「え…?覚えてないです…。」


そういうと、麦わら帽子を外し、髪を結い、眼鏡をかけた。


「私ですよ!先輩!」


ポニーテールの髪型、丸眼鏡は昔、会社の後輩であった苗木唯そのものだった。


「な、なんで君がここに??」


「それはこっちのセリフです!何も相談せずに、辞表出して、すぐ家も引っ越しちゃうし、電話にもでないし!!」


まるで人が変わったように鬼詰めしてくる彼女…。


「会社勤めも疲れちゃって、田舎でゆっくりした生活を送りたいと思って…。」


「せめて一言相談してくださいよ!それと私、こっちに住むことにしましたから!」


え?


「先輩!もう逃がしませんよ!」


スローライフはまだ送れなさそうだ…。

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本と麦わら帽子と君と。 らかもち @Karamochi

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