第23話 潜入・ザ・学園祭③
「いいですか、竹下さん。私が合図を出したら即座に行動開始です」
「ううう、わかりましたよ。こうなったらもうヤケです」
竹下は鞄の中の須崎と小声で話しながら、一際人が密集している場所へと行く。どうも教室の一つでやっている催物が盛況を博しているらしく、生徒たちが集っている様子だった。
竹下は大股でそこに近づく。心臓がドキドキとうるさかった。こんな場所に竹下のような人間がいること自体が不自然なのに、その上これからさらに竹下は目立つことをしなければならないのだ。
一介のサラリーマンである竹下が、なぜこんな状況に陥っているのか。考えてもわからない。
生徒との距離はどんどん近づいてきた。何人かが竹下に気がつき、振り向いてくる。一人と目があった。黒髪をくるくるに巻いた生徒は、脇目も振らずにズンズン近づいてくる竹下を怪訝そうな顔で見つめた。
「今です、竹下さん!」
「…………っ!」
竹下は須崎の掛け声に合わせ、持っていた鞄のチャックをジャーっと全開にした。解放された鞄の裂け目から、須崎は軽やかに跳躍して飛び出す。
灰色の縞猫が空中を駆け、生徒たちの視線が集中した。
須崎は廊下の窓枠にスタッと着地すると、前脚を顔の前にかざし、小首を傾げる。とっておきの可愛らしいポーズを決めた須崎は、媚びに媚びた声を出した。
「ニャーン!」
「……っか、可愛い〜!!」
「ねこだわ!」
「えー、可愛い〜!!」
廊下を埋め尽くす、「可愛い!!」の大合唱。
「どこから来たのー?」「野良猫かしら?」「この子、すっごい人懐っこいよ」
などなど、須崎の前には人だかりができ、大人気となった。もはやくたびれたサラリーマン竹下を構う生徒など誰もいない。
竹下はよろよろと後退し、壁に張り付く。
「さすが、ねこの魅力はすごいなぁ……」
これでしばらく、生徒たちの注目は須崎に釘付けだろう。
頼みましたよ、高木くんに大吉くん。
竹下がそっと視線を移すと、ストーカーと思しき人物に静かに近づいていく二人の姿が見えた。
大吉と高木の動きは静かだった。不審な動きをしている男の背後に忍び寄ると、高木が肩を叩きながら、軽ーい声をかけた。
「なあなあ、そこのお兄サン。ちょっと俺らとお話ししねえ?」
「…………な、なんだ君達は」
大吉はもう片方の肩を叩き、抑揚のない声で言う。
「ずっと探していたんだよ、ストーカーさん」
「…………!」
男は大吉の一言で危機を察知したのか、すかさず逃げ出そうとする。が、大吉と高木の動きの方が圧倒的に速かった。
男の両脇を抱え込むと、男を宙ぶらりん状態にしながらだーっと走って行く。
「おっ、おい! なんだ君達は、放せっ! 放すんだ!!」
しかし男の悲鳴は、スーツのイケオジ軍団が治部良川を称える声と、ねこの須崎の出現で女子生徒たちが上げる黄色い声によってあえなくかき消えた。
「高木、あの非常口から外に出んで」
「了解っす!」
「やめろ!!」
大吉と高木はストーカー男をガッチリ抱え上げたまま凄まじい速度で校舎内を横切ると、非常口から外に出てそのまま人気の少ない校舎裏に回った。男を地面の上に投げ出す。
「うぅ……何をするんだ! 警察を呼ぶぞ!!」
大の字に寝転んだ男に、高木はチンピラ時代に鍛え上げた人を煽るのに全振りしたような表情を浮かべる。
「おぉ、呼べばいいんじゃねーか? そしたらこっちの手間も省けるぜ、なあ? ストーカーさんよぉ!」
「ストーカー? 何の話だ!?」
「オッサン、江藤サンの後つけて、落とした招待状で学園に入り込んだやろ。さっきから盗撮してんのも気付いてんで。そのスマホ警察に見せたら、一発で全部がわかるやろうなぁ」
「…………!」
男の顔色がさっと変わる。
懐に腕を突っ込むと、ナイフを一本抜き出した。そして大吉と高木に向かって、がむしゃらな突進を仕掛けてくる。
「うわああああ!」
「高木!」
「はい!」
大吉の声かけに合わせ、二人は左右に割れた。男は見た目がヒョロヒョロしていて弱そうだと判断したらしく、大吉から仕留めようと、ナイフを振り上げる。
しかし大吉は、そんな攻撃に怯むような大学生ではない。
常時ズボンのポケットに忍ばせているタバコの箱を、面倒なので一気に破り捨て、一掴みにつかんだタバコ全部に火をつけた。
一ダースのタバコ全てが点火され、もくもくと煙を上げる。
大吉は冷静にナイフの軌道を読むと、紙一重のところでかわし、男の顔面に点火したタバコを押し当てた。
「ぎゃああああ、熱い!!」
まさかの大吉の乱暴すぎる反撃に怯み、ナイフを取り落とす男。しかしこれで終わりではない。高木が跳躍し、膝が男の横顔にめり込んだ。無防備だった男はチンピラ仕込みの飛び蹴りをまともにくらい、横に吹っ飛ぶ。
たった二撃でノックアウトされた男を見下ろしつつ、大吉は点火したタバコの一本を抜き取ると、ふぅと本日初のタバコをゆっくりと味わった。
途端、ビィイィぃイィぃいい!! とけたたましい音が鳴り響く。
「兄貴、また煙探知機鳴ってるっすよ」
「あぁ……」
大吉は実に面倒そうに眉根を寄せると、握りしめた一ダースのタバコの束を名残惜しそうに見つめた後、そこらへんの石に擦り付けて火を消した。
大吉と高木、そしてノックアウトされた男は日本橋にある警察署まで連行された。
男のスマホからはおびただしい数の盗撮写真が出てきた。大吉と高木は呆れた。
男はどうやら、江藤のみをストーキングしていたわけではなく、近辺の女子高生を誰彼構わず盗撮していた変態だったらしい。
かつて山本が電車の中で珪華の痴漢を捕まえたが、この男と同一人物であるということだった。つまりは前科持ちで、常習犯だったということである。
警官の一人が、署から出る大吉と高木に礼を言った。
「犯人逮捕のご協力、どうもありがとう。だが、校舎内での喫煙は御法度だよ」
大吉はやはりやる気なさそうに、「んああ」と言ってこくりと頷いた。
「よかったっすねぇ、兄貴」
「ああ」
「んじゃ、これで、愛ちゃんの喫茶店に心置きなく顔出せますね!」
「せやな」
警察署を出た二人は、再び聖フェリシア女学院へと戻る。
守衛室の一角に竹下の姿を見つけた二人は、声をかけた。
「竹下サン、そんなとこで何やってんすか?」
「あぁっ、大吉くんに高木くん!」
守衛室のパイプ椅子にちんまり居心地悪そうに腰掛けていた竹下が、ペシャンコのボストンバッグを抱えていそいそと駆け寄ってきた。
「さっきすごい警報音がしたから、気になっていたんですよ。二人とも、怪我は? 男はどうなったんですか?」
「無傷や。ストーカーは無事に捕まえて警察署に連行された」
「よかった……」
「竹下サンはあんなとこで何してたん?」
「それが、注意を逸らすための策として、生徒たちの群れに須崎さんを放ったところしこたま怒られてしまいまして。まあ、学園内に動物を連れ込んだら怒られるに決まってますよね。あは、あはは」
うつろな目をして笑う竹下に、大吉と高木は若干の申し訳なさを感じた。
「おう、竹下に大吉に高木。無事に終わったか」
「治部良川さん。はい、犯人は無事確保されたそうです」
「そいつぁ良かった。そんじゃあ改めて、江藤の喫茶店に向かうか」
「その前に須崎さんを回収しないと……」
「須崎サン、どこ行ったんや?」
「さあ。散々撫でくりまわされた挙句に、気がついたら窓の外にひらりと逃げ出してしまいまして。猫ですし、どこか人目につかないようなところに潜んでいるんじゃないでしょうか」
「じゃ、一回校舎から出て須崎サン探そうや」
大吉の声かけで、四人は再び非常口から外に出る。
するとすぐに植え込みの中からガサガサと音がして、毛並みが乱れた縞猫の須崎が姿を現した。
「やあ、みなさんお揃いで。終わったということでしょうか?」
「ああ。ありがとうさん」
「いえいえ。ねこのふりならば、朝飯前です」
そりゃ、ねこだからな……というツッコミは全員が胸の中にしまった。
竹下が広げたボストンバッグの中に再び収まった須崎。チャックを閉めると、四人と一匹は未だ学園祭真っ只中の校舎の中へと入った。
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