第21話 潜入・ザ・学園祭①
九月某日。学園祭当日。
その日、伝統と格式を重んじる聖フェリシア女学院に、革新という名の風が吹き荒れた。
大吉の計画に抜かりはないはずだった。
高木に説明した通り、大吉は聖フェリシア女学院と警察に相談した。
江藤愛の招待券を持った招かれざる人間がやってきた場合、入り口で確保して学園内に通さないようにしてくれと頼み、学校・警察両方ともに了承した。
何せ天下に名高い名門の聖フェリシア女学院、事件でも起これば大ごとである。
警備は万全であり、不審なものあればアリ一匹通さないという気合の入りようだ。
しかし何事にもイレギュラーはつきものである。
事件は同時多発的に起こった。
まず、体育館でボヤ騒ぎが起こった。鎮火するために人手が駆り出された。
次に、生徒会長の
そして、校内では陸上部のエース・
そんな風に人手が手薄になった時、件のストーカーが愛の招待券を持ってやって来たのだが、ストーカーにとって運のいいことに受付にはたった一人の事務職員しかいなかった。職員は長蛇の列である招待客たちをさばくのに精一杯で、ろくに招待客の記入する名前など見ておらず、とにかく招待券さえ受け取れればそれで良いという感じだった。
かくして大吉の思惑も虚しく、ストーカーは聖フェリシア女学院の校内へとひっそりと侵入していたのだった。
「うおー、兄貴、可愛いJKがいっぱいいるっす!」
「オメェ勝手にどっか行ったらクビだからな」
「いたっ、治部神様、耳引っ張んないでくださいよ!」
「後生ですから、トラブルを起こさないでくださいよ。ただでさえ目立つ格好をしているんですから」
「大丈夫ですって、竹下サン! 俺こう見えて、約束は守る男なんすよ!」
「はははは……」
高木の威勢のよい返事に、竹下は乾いた笑いを漏らした。
九月某日、聖フェリシア女学院の学園祭当日。
残暑が厳しい時期であるが、幸いにもそこまで気温は上がらずに初秋を感じるいい頃合いの天気だった。カラッと晴れた本日は半袖であれば過ごしやすく、学園祭日和といえよう。
屋外にも屋内にも生徒たちがこの日のために気合を入れて作成した展示品や装飾であふれ、各教室には出し物が催され、体育館では劇が上演されている。
愛娘の晴れ姿を見ようと集まる親や、親と仲良くなろうと群がる関係者のお偉方各位で学園内はごった返し、妙な熱気に包まれている。
何せ天下に名高い名門女子高校、聖フェリシア女学院。
訪れる関係者は皆、ビシッと高級スーツを着こなし、高いヒールで闊歩する。校内は土足禁止なので、わざわざこの日のために購入した新品の高級革靴やブランドハイヒールを持参していた。
そんな中、一際異彩を放つグループが校内をうろうろしていた。
一人は自慢の地下足袋を脱ぎ、裸足に黒いニッカポッカの眼光鋭い老人。
一人はやはり裸足で真っ赤なニッカポッカを履き、ただでさえ痛んでいた白に近い金髪が、この夏の間に陽に焼けてとんでもないことになっている、おまけに眉毛を剃り上げたどう見ても普通ではない青年。
一人はチノパンにTシャツのフランクな装いの爽やかな好青年っぽいが、しきりにキョロキョロしながら「喫煙所ないんか、喫煙所」と言っている。
一人はヨレヨレの安っぽい灰色のスーツに大きなボストンバッグを肩からかけ、後生大事そうに抱えているくたびれたサラリーマン。
妙な組み合わせの集団は衆目を浴びつつも、(竹下以外)誰も気にせずに堂々と学園内を歩いていた。
「我々、絶対に浮いてますよ……せめてもっといいスーツを着てくるべきでした」
「竹下さぁん! 俺、あの子に声かけて来ていいっすか?」
「高木てめえ、さっき自分で言った言葉もう忘れたのかワレェ!」
「いたっ、痛いって治部神様!」
騒がしい。竹下は肩身が狭かった。
「で、愛さんのクラスの出し物はどこにあるんでしょうか」
竹下が抱えている鞄から声がした。少し空いた隙間から、クリッとした猫の目が爛々と輝いている。須崎である。須崎は鞄の中に押し込められ、秘密裏に学園内に入っていた。荷物検査があったらどうしようと思わないでもなかったが、受付の人は非常に忙しそうで、幸いにして鞄を検分されることはなかった。
竹下は鞄に顔を近づけて忠告する。
「須崎さん、あまり顔を出さないでくださいよ。さっきドーベルマンを校内に連れ込もうとして止められていたマダムを見たでしょう? つまみ出されてしまいます」
「これは申し訳ない」
「で、えーっと、江藤さんのクラスは……四階にある家庭科調理室のようですね。『レトロ喫茶店ねこ』と書いてあります」
竹下は受付でもらった、妙に立派なパンフレットを広げつつ言った。
「よし、では、可及的速やかに愛さんのクラスにお邪魔して、そして帰りましょう」
「竹下さぁん! 大吉の兄貴がいなくなりましたっ!」
「えっ?」
高木の言葉に竹下はパンフレットから目を上げて振り向いた。
本当だ、大吉がいない。先ほどまで一緒にいたはずなのに、どこに行ったんだ。
「ど、ど、どうしましょう、とりあえず連絡をとって……」
「あ、いました!」
しどろもどろでスマホを取り出した竹下が大吉に電話をするより早く、高木が前方を指差す。そこには、たこ焼きをハフハフしながら戻ってくる大吉がいた。竹下は目を剥いて叫んだ。
「大吉さんっ、なぜたこ焼き片手に戻って来たんですか!? はぐれないでくださいよ!」
「たこ焼きを見たら食うてみたくなるのが大阪人のサガっちゅーもんや。見ろやこれ、美味そうやろ」
「兄貴、一個ください」
「ん」
「ハフッ、あつっウマッ! 兄貴、このたこ焼きうまいっすね!」
「せやな、まあまあや。焼き方にムラがあるから三十五点」
「評価きびしい!」
大吉と高木はたこ焼きをつつきながらゲラゲラ笑っている。
「あの、そこのおじいさん」
「あぁ!? なんじゃワレェ!」
「えっ、怖……」
唐突に聖フェリシアの生徒に話しかけられた治部良川は眼光鋭くいつものセリフを決め、生徒にビビられていた。ビビりながらも生徒は言葉を続ける。
「そこの教室で茶道をやっているんですけど……よかったらどうですか?」
見ると確かに、この生徒二人組は着物を着ていた。治部良川は少し考えてから、竹下を振り向いた。
「よう、寄ってかねえか」
「寄って行きませんよ!」
竹下は速攻で否定した。
「すみません、我々、行く場所があるので!」
治部良川の腕を取り、たこ焼きをハフハフし続ける大吉と高木を引き連れ、須崎の入った鞄をなるべく揺らさないようにしながら竹下は上階に続く階段を探した。
なぜこんなにも場違いな場所にいながら、こうも楽しめるのだろう。若さか、若さゆえなのか。竹下は一刻も早く帰りたかったのだが、他の面々は違うらしい。肝の座り具合が凄まじいなと思った。
しかしこの学園、広い。廊下も天井もゆったりした広い西洋風の校舎は、どこかヨーロッパのお城ですか? とでも言いたくなるような作りだった。頭上を流れるのはクラシックのBGMで、学園祭でクラシック音楽が流れるなど竹下は初めて知った。
ようやく見つけた階段に竹下は安堵の息を漏らしつつ、さあのぼろうと足を一段目にかけた。
「あっ、竹下さん、待って」
「今度はどうしましたか、大吉くん!?」
竹下はぐるぐるする目で大吉に詰め寄った。
すると大吉は、鰹節とソースのついた口元を拭うと、喫茶店常連のみに聞こえる小さな声で言った。
「江藤サンのストーカー、見つけたわ」
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