第9話 常連たちと特製プリンアラモード

「でワレァ一体なんなんじゃ」

「あータバコうめぇなぁ」

「見たところ聖フェリシア女学院の生徒さんでいらっしゃるようですが、どうしてあのような発言をなさったのでしょうか?」 


 愛は今、喫茶店の中で質問攻めにあっていた。

 四角いテーブル二つがくっつけられ、そこに男三人と愛の計四人が腰掛けている。お世辞にも広いとは言えないテーブルなので、ぎゅうぎゅうだった。学校とは別の意味で肩身が狭い。

 どうしてこんなことになっちゃったんだろう。愛は途方に暮れた。


「まあまあ、みなさん落ち着いて。はいこれ、特製のプリン・ア・ラ・モードです」


 愛の前にねこの店長がことりと注文の品を置くと、なぜか椅子を押してきて、ちんまりと座る。不思議な組み合わせの四人と一匹による談義となった。

 冷気を纏って薄曇る透明な平たい器の中に、プリンと果物が盛り付けられていた。プリンの上にはホイップクリームが絞られており、その上にはちょこんとさくらんぼが乗っかっている。

 タバコをふかし続けている青年が煙を吐き出しながらプリン・ア・ラ・モードを見て、「甘そうだな」と言った。

 愛はスプーンでクリームをつつきながら、どうしようと思った。

 するとそんな愛の心中を察したのか、気が弱そうなサラリーマンが背筋を伸ばして場を仕切り始める。


「申し遅れました、私は竹下昇たけしたのぼると申します。三十二歳。この近くのIT企業に勤めておりまして、システムエンジニアをやっております」


 この自己紹介を皮切りに、次々と男たちは名乗り始める。


「俺ぁ治部良川じぶらがわ庄左衛門しょうざえもん。七十八歳。鳶職人をやっていた」

丹原大吉たんばらだいきち。二十歳。慶應大学の薬学部。好きなものはタバコ。苦手なものは完全禁煙の飲食店」

「店長の須崎です」


 愛は、治部良川庄左衛門ってすごい名前だなと思った。

 次に、このタバコ中毒気味の青年が慶應大学の薬学部生であるということに驚いた。

 そして最後に、ねこの店長の名前はスザキというんだなという感想を抱いた。もっとねこっぽい名前を想像していたので、思った以上に日本人苗字っぽくて意外だ。


「で、ワレは……」

「あの、僭越ながらお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


 治部良川庄左衛門が眼光鋭く愛をにらめつけながら、本日三度目となる「なんじゃワレェ」をキメる前に竹下が慌てて割って入って丁寧に問うてくる。愛は背筋を伸ばして自己紹介をした。


「あ、私は江藤愛、十六歳。聖フェリシア女学院に通う、高校二年生です」


 すると三人と一匹はほう、と感心した声をあげる。


「そんな有名なお嬢様高校に通う方が、なぜ我々に友達になりたいとおっしゃったので?」

「いえ、みなさんにというか、ねこの店長さんに言ったつもりで……」

「須崎です」

「ねこのスザキさんに言ったつもりで」

「須崎で結構ですよ。漢字は、『必須事項』の『須』に山へんの『崎です』」

「……須崎さんに言ったつもりで」

「ニャア」


 ここでようやく須崎は満足そうにゴロゴロと喉を鳴らしながらそう鳴いた。


「なんで須崎さんと仲良くなりたいのでしょうか」

「それは……」


 愛は一瞬ためらったあと、意を決して理由を説明した。


「なるほど、お嬢様高校も大変なのですね」


 非常に共感を見せてくれたのは、竹下である。


「しゃらくせえなあ、気にせずにバーンと自分の意見を言やあいいだろ」

「なかなか治部良川さんのように自分を貫ける人は珍しいですよ。ねえ、大吉くん」

「俺はタバコが吸えればそれでいい」

「……ねえ、須崎さん」

「そうです。世の中というのは、それほど意志のかたい人ばかりではありませんから」


 竹下は、治部良川と大吉から一般的な意見を引き出すのを諦め、ねこの須崎に同意を求めた。須崎はしたり顔を浮かべると、竹下が望む通りの答えを口にしてくれる。


「それにしても、さすがは聖フェリシア女学院。学祭の催し物のレベルが違いますね。私が高校生だった頃は、出し物は迷路やら縁日やらでしたよ」


 竹下はスクエア型のメガネの奥で遠い目をして、在りし日の青春の日々に思いを馳せる。


「でしょう!? 私が岡山の高校にいた時だって、お化け屋敷とかポップコーン屋台とか、劇だってせいぜいアリとキリギリスくらいでしたよ!」

「そこは桃太郎やっておけよ」

「あ、大吉さん今、岡山を馬鹿にしましたね!?」


 愛はタバコを吸いつつツッコミを入れてきた大吉に噛み付いた。


「もうっ。みんなで岡山馬鹿にしてっ! どーせ岡山なんてマイナーですよ! きび団子作れる? とか聞いてくるんでしょう!」

「作れんの?」

「作れるわけないでしょう!」


 愛は力一杯大吉の疑問を否定した。魂の叫びだった。

 気持ちを落ち着けるべく、目の前のプリンアラモードに向き合った。プリンは固めに作られており、スプーンを入れるとしっかりとした弾力が押し返してくる。愛はプリンに負けじとスプーンですくいとると、口に運んだ。カラメルのほろ苦さとプリンの甘みとで、脳に上っていた血が少し下がり冷静さを取り戻す。


「で、江藤さんは学園祭で何かやりたいものがあるのでしょうか」


 竹下に尋ねられ、愛はうーんと唸る。


「具体的にやりたいことって聞かれると困るんですけど、今候補に上がってる劇はやりたくないなあって……。どうせそんな壮大な劇をやったって、私なんか名もなき端役か裏方ですし、楽しめないなあって」

「なるほど」

「せっかくの学園祭、愛さんも意見を出した方がいいと思います」


 須崎は穏やかな声音でそんなアドバイスをくれた。


「でも、あんなすごい人たちに、どんな意見を言えばいいんでしょうか」

「愛さんの気持ちをありのままに伝えればいいんですよ。これいいな、学園祭でやったら楽しそうだな、と思うものはないんですか」

「うーん」


 愛はプリンをつつきながら考える。なんだろう。お化け屋敷や迷路などは、言った瞬間に失笑を買うのは目に見えている。ならば、飲食系はどうだ。焼きそばやポップコーンはダメだろうな。食べたこともなさそうな子もたくさんいるし。タピオカは? もう東京では流行ってないのだろうか。

 色々と逡巡した挙句、愛は目の前のプリンアラモードを凝視する。半分ほど削ぎ取られたプリンは、周りにたくさんの果物が綺麗にくし切りにされて飾り付けられてあった。メロン、オレンジ、バナナ、イチゴ。懐かしくホッとする見た目と味わいである。


「……喫茶店」

「はい?」

「喫茶店、いいかなあって」

 愛は竹下に聞き返され、言った。しかし直後に自信をなくす。

「でも、馬鹿にされるかな……」

「いんじゃね」

「大吉さん」

「あんたがそれがいいって思うなら、何も恥じることないだろ。堂々と言えばいい」


 大吉は短くなったタバコを灰皿にぐりぐり押し付けて火を消しながら、そんなことを言った。ねこ店長の須崎がおぉ、と声を上げる。


「いいこと言いますね、大吉さん。大吉さんのいう通りですよ、愛さん。大切なのは一歩を踏み出すことです」

「笑われたら……」

「そういう奴にはな、こう言ってやりゃあいいんだよ」


 治部良川がしたり顔で会話に参加してくると、一拍間を置く。何をいうのだろうかと微妙に予測をつけつつ全員が次の言葉を待っていると、治部良川はやおら腹に力を込め、大声を出した。


「なんじゃワレェ!!!」

「言うと思った」


 大吉は何本目かわからないタバコに火をつけ、煙と共に全員の気持ちを代弁する。


「ま、まあ、その言葉は口にしない方が無難でしょう。ともあれ愛さん、なぜ喫茶店を?」

「えっと、地元にもあるし、落ち着くから……?」

「ふむ、それだと理由が弱い気がしますね」


 竹下はビジネスマンとしての顔を見せた。


「もっと皆が納得する理由を述べるべきです。例えば、最近では昭和レトロが若い方の間で流行っていると聞きました。そうしたことを絡めて、意見を言ってみてはいかがですか?」


 竹下がスマホをタップして何かを調べ、テーブルに置いて画面を全員に見せる。

 そこには「昭和レトロをミニチュアで!」とか「今、昭和レトロがアツい!」などというニュースが並んでいる。


「へえ、私、知りませんでした」

「休日のお昼の番組でも、割と特集されてますよ。大学生の間でも流行ってるんじゃないですか?」

「知らね。俺、そういうの興味ないし」


 水を向けられた大吉は愛想なく言う。一体この人は、何に興味があるんだろうと愛は思った。


「まあ、ともあれ、流行の要素を取り入れたレトロ喫茶店を学園祭でやる、と言うのはいい案だと思います。学校の雰囲気からしても、そうそう逸脱してはいないでしょうし、何より先生たちのウケもいいと思います」


 竹下は非常に丁寧なアドバイスをくれた。愛はプリンアラモードを頬張りながら、なるほどと頷く。


「私、頑張ってみます」

「これも何かの縁なので、応援してます」

 竹下は疲れた顔に人の良さそうな笑みを浮かべる。

「困った時はメンチ切るのが一番だ!」


 治部良川が独特のエールを送ってきた。


「…………」


 大吉は何も言わず、煙を吐き出す。


「きっと、上手くいきますよ。一歩を踏み出そうと思ったその瞬間に、愛さんは前に進み出しているのですから」


 須崎は猫の目を細める。愛は一人一人を見ながら頷いた。


「ありがとうございます。私、がんばります!」


 なんだか勇気がわいてきた。今ならば、クラスメイトの前でも堂々と発言できる気がする。

 愛はわきあがる気持ちに高揚しつつ、プリンアラモードを頬張った。

 甘いデザートは幸せの味がした。

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