第8話 愛の挑戦
「ねえねえ、愛。友達できた?」
「ううん。まだ」
「何やってんの、もう! 早くしないと、グループ固まってどこにもいれてもらえなくなっちゃうよ!?」
「それはわかってるけどさぁ」
「とにかく、誰でもいいから話しかけること! いい!? 愛が『友達になりたいなぁ』ってちょっとでも思った人に、話しかけるの!」
「でも……」
「でもじゃないよ、このままだと、一人寂しい学校生活を送り続けることになるんだよ!? 学祭を一人で見て回ることになるんだよ!? そんなの嫌でしょ!?」
「嫌だけど」
「じゃ、友達作りに全力を出そうよ!!」
愛のスマホ越しに元気な声が響いてくる。岡山にいる愛の友人、
「次のLINEで、友達とのツーショットを送ってくること! はいコレ宿題ね!」
「ハードル高っ」
「大ジョーブ、愛ならできるって! じゃあね、頑張って!」
美衣はひとしきり愛を鼓舞すると、ピロンッと軽快な音と共に通話を切った。
美衣は耳からイヤホンを引き抜くと、重苦しい気持ちと共にため息を吐き出す。
「はぁ…………」
聖フェリシア女学院に通う高校二年生、江藤愛。ただいまぼっち高校生活を満喫中。
愛とて、友達を作りたい気持ちはある。
友人と一緒に放課後のマックやスタバに行き、宿題したり先生の愚痴を言ったり、もしくは近隣の慶應義塾大学に通うイケメン大学生の話で盛り上がったりしたい。
しかし立ちはだかる厚い壁。
聖フェリシア女学院に通う生徒は、そんじょそこらの高校生とは一線を画していた。
この高校は皇族も通う、超がつくほどのお嬢様校である。
愛は以前、「よし、頑張ろう」と気持ちを新たに学校生活を充実させる決意をした。
九月の学園祭の出し物を決めるための話し合いの時間がもたれたので、そこで意見を言い、交友を深めるのだ。
しかし愛の見通しは非常に甘かったということが、直後に判明した。
出し物は劇、あらかじめ製作した映画の上映、飲食店など。ここだけ聞けば「なんだ普通の学祭じゃん」と思うかもしれない。
だが、聖フェリシア女学院の学園祭は普通の高校の学園祭とは違う。
飛び出す意見の中で愛のクラスの候補に上がったのは劇だったのだが、その内容はというと、
・シェイクスピア四大悲劇の一つ「ハムレット」
・ミュージカル超大作「レ・ミゼラブル」
・有名漫画原作の「ヴェルサイユの薔薇」
生徒たちは何をやるかで激論を交わし、それぞれの劇の特徴を挙げ連ね、話し合いはヒートアップした。立ち上がり、声高に自分が推す劇がいかに素晴らしいかを語る様は、堂々としていた。が、それはそれとして愛には内容が欠片も理解できなかった。
結局愛は話し合いの間中、一言も発することができなかった。
なぜ学園祭の催し物で、三時間を超える劇をやろうとするのだろうか。
今から稽古して間に合うのだろうか。
衣装や音楽諸々は一体どうするつもりなのだろうか。
一般庶民である愛には到底理解できない世界が広がっていた。
愛は主義主張を曲げない他の生徒たちの中で、縮こまってチャイムが鳴るのを待つしかなかった。
そんな中で、かつて愛が住んでいた岡山にいる親友、美衣からの先程の電話だ。
「友達作りなよー!」って簡単に言うけど難しいんだぞと言いたくなってしまう。
いやいや、愛とてわかっている。どれほど隔絶された世界に住んでいようとも、話せばウマが合う子も一人くらいはいるだろうと。自ら積極的に交流を持たねば、本当に学校でぼっちになってしまう。もうすでにぼっちに片足を突っ込んでいる愛は自らを鼓舞した。
「……よし、まずは、『友達にならない?』って声かけてみよう」
愛は学生鞄を握りしめながら気持ちを新たに宣言した。
ところで放課後の今、愛が今向かっているのは、一軒の喫茶店である。
以前に飲んだクリームソーダと古き良き店構えが気に入って、また行きたいなと思っていた場所であった。
そして愛はピンときた。
そうだ、手始めにあのねこ店長さんとお友達になるっていうのはどうだろう。店長さんはねこだし、クラスメイトのお嬢様よりも庶民的だし、親しげで話しかけやすい。東京での友達第一号にふさわしい人物(?)である。
よし、それがいい。
愛は心に決めると、シミュレーションをしながら足早に喫茶店に向かう。
「お友達になってください、お友達になってください……」
愛はブツブツと繰り返しながら歩く。目的地は近づいてきた。
道路に堂々と張り出している看板を避け、赤茶色の扉を押し開ける。からんからん、と来客を告げる軽やかな音がした。
いらっしゃいませと言われる前に、愛は喫茶店の中にずいと入ると、大きく深呼吸をする。あれ、なんだか煙っぽい? しかし意志を削がないためにも、愛は気にせずに店中に響き渡る大きな声で言った。
「あのっ、私と、ととと、友達になってください!」
「なんじゃワレェ!」
「あぁ?」
「ええっと、お友達、ですか……」
聞こえてくる三者三様の声は、どれも愛が想定していたものと異なる。
愛はえっと思いながら目を開き、恐る恐る店内を見た。
店の中には、地下足袋にニッカポッカを履いた目つきの悪い老人と、テーブルにまではみ出すほどに吸い殻を築き上げたタバコを吸っている青年と、見るからに気が弱そうなサラリーマンが座っていた。
「…………」
「あ、いらっしゃいませ」
やっちまったわ、と愛が思う間もなく、あの灰色の縞模様のねこ店員は器用にも後ろ足で歩きながらやって来た。
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