本屋 : どんな本でもお探ししますー古書店 店主-

ニ光 美徳

第1話

 少し鄙びた商店街の中に、ひっそりと佇む古本屋がある。


 一見何の変哲もない古本屋だが、少しだけ変わったところがある。

 お店の入り口に『どんな本でもお探しします』という張り紙が貼ってある。


 え?普通じゃない?

 と皆さん思うだろう。だから、大概の人は目にも留めず通り過ぎる。


 …おや?そんな張り紙の前に立ち止まって、中の様子を伺ってる人がいるよ。


 お母さんと小さな男の子だ。


母:「この店に無かったら、もう諦めてね。約束できる?」

子:「うん…。でも…。」

母:「“でも”は無し!もう何軒探し回ったと思ってるの?ネットでも検索したけど、どうしても見つからない。こういった古いお店なら、もしかしたらあるかもしれないけど、それでも無かったらもう何処にも無いの。ね?

 だから、約束ね。」

子:「…わかった。やくそくする。」


 親子はお店の中へと入って行く。


 古くて色が変わったような本が、びっしりと本棚に詰め込まれ、隙間という隙間にも本を押し込めてるような、お世辞にも綺麗とは言えないお店だ。


 すれ違いも出来ないような細い通路を通り、店の一番奥へ恐々と寄り添って入っていく。


 奥には、いかにも古本屋が似合う感じの穏やかそうなお爺さんがレジ横の椅子に座って本を読んでいる。


 お爺さんが2人に気付くと

「いらっしゃい。何かお探しですか?」

と優しく声を掛ける。


母:「すみません、この子の欲しい本なんですが、探していただいてもいいですか?」

店主:「いいですよ。ボクいくつ?」

子:「いくつ?って?」

店主:「ああそうか、何歳かな?」

子:「4さい。」

店主:「そうか、4歳なのに、ちゃんとお答えできて偉いね。

で、ボクは何の本が欲しいのかな?」

母:「あの、TMカーの車の本です。」

店主:「そっか、TMカーの本か。自分のお口で言えるかな?」

子:「うん。TMカーのほん、ありますか?」

店主:「お、ちゃんと言えましたね。

 ありますよ。」

母:「え?あるんですか?でも私、ただTMカーの本て言いましたけど、どれでもいいわけじゃないんです。」

店主:「そうですね。でも、お喋りできないもっと小さなお子さんや、事情があってお話できない方は別ですが、ちゃんと今自分で言えたので、ボクの欲しいTMカーの本が見つかりますよ。

 そうだなぁ…あっちの列の本棚の、ここから見える範囲で、ボクの目の高さあたりの場所を探してごらん。」


 親子はさっそく言われた場所を探す。お母さんが人差し指を本に近づけて、えーっと、と言いながらスライドさせる。その指が、少し太い硬めの背表紙の所で止まる。


母:「…あ!これ!」

子:「あったの⁉︎ママ!」


 男の子の目がでっかく見開いて、瞳を輝かせる。

 お母さんがその本をスッと取り出すと、

母:「やっぱりあった!すごい!あったよ!」

子:「ぃやったーあ!」


 男の子は万歳して喜んでいる。


 お母さんがパラパラと本をめくって、中身を確認する。

 

 今喜んでたのに、どんどん顔が曇っていき、

母:「えー、なんかさ、すごいボロボロ…。

 せっかく見つけたのに…。」

 お母さんはあまりにも酷い状態の本を見て、ガックリと肩を落とす。


子:「これ、ボクのだー!」

母:「うん…でも、お店の中でちょっと言いにくいけど、この本はボロボロ過ぎるから、買うのやめよ。」

子:「やだ!だって、これボクのだもん!」

母:「同じだけど、ボクのじゃないよ。もっと綺麗なら買うんだけど、ごめん諦めてよ。」

子:「これボクのだってば!だって、おなまえかいてあるもん!」


 え?と思ってお母さんが本をひっくり返して裏表紙を見る。


母:「え?何で?何で?本当にユッくんの名前書いてある!これ…私の字…?」

 お母さんはすごく驚いてお爺さんの顔を見る。


店主:「お探しの本は見つかりましたか?」


母:「は、はい…。でも何でこの本がここにあるんですか?私、ちゃんと捨てたはずなのに…。」

子:「やっぱりママがすててたんじゃないか!」

 お母さんがついポロッと白状した言葉に反応し、男の子はお母さんを睨む。


店主:「巡り巡ってこの店に辿り着いたんですね、きっと。

 でも、そんな大事にしてた本、捨ててたんですか?」


母:「この子のおじいちゃんが、2歳の誕生日プレゼントに買ってくれたんです。

 この子はとても喜んで、毎日毎日本を眺めてたんですが、子どもの扱いなので、段々ボロボロになってきて。それから年少になって、友達に見せるからと保育園に持って行くことになって、その時名前を書いたんです。

 保育園から持って帰ってきたらもうこの状態で…。

 次に新しい本を買ってあげたら、この本は見なくなったので、コッソリ私が捨てたんです。

 でも、少し前におじいちゃんがその…お空へいってしまって…そのすぐ後くらいから、この子が『あの本どこ?』ってすごい探すようになって。

 でも、不思議なくらい売ってないんです。

 ですが…市にゴミとして出したはずの本が、こんな所で勝手に売られてると思ったら、すごく…嫌な気分ではあります。」


店主:「それは申し訳ないことです。」


母:「いえ、別にこの店が悪いって言ってるのではないので、気を悪くされたらすみません。」


店主:「こちらこそです。お代は結構ですので、どうぞお持ち帰りください。」


母:「いえ、ちゃんとお金は払います。」


店主:「この本は、ちょっと不思議な話なんですが、自分からこの店にやって来たんです。

 市の人が勝手に横流ししたわけではありませんよ。

 そして私はこの本を、お金を出して仕入れたわけでもありません。

 そしてその本はそこには置いてたけど、売り物でもないんです。値段、貼ってないでしょ?

 持ち主が探しに来るのを待ってたんですよ。」


 もちろんお母さんは、そんなファンタジーの話を信じるはずもなく、どちらかというと君悪がったけど、男の子にせがまれて渋々持って帰った。


 店主のお爺さんは、お母さんの後ろ姿を見ながら、どうかあの子があの本を本当に要らなくなるまで、側に置いてもらえますように…と願った。



 どんな本でもお探しします。

 お気軽にお立ち寄り下さいー。

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