あやかしぃ本屋『一服堂』の倫さんは今日もぬらりとしている
千八軒
目目連(もくもくれん)
「――あのぉ? そんなに見られてると選びにくいんですけーどー?」
じりじりと焦げ付くような視線に、いい加減に耐えきれなくなった私は、振りかえり抗議をした。
人が熱心にえっちい本を物色しているのだからほおっておいてほしいものだ。
先ほどから視線を感じすぎて、背筋がゾクゾクする。こんな感覚は
うなぎの寝床のように狭い店内。古びた本も、昨日出た新刊もどういう決め事をもって並べてあるのか分からない本棚が立ち並ぶその奥に、まるで昔の駄菓子屋のような座敷を改造したレジカウンターがある。その奥の薄暗がりにいつだってその人は居た。
「――
この馴染みの個人書店『一服堂』の店主にして年齢不詳のお姉さんは、今日も今日とて、座敷に置いた人を駄目にする系のクッションに色っぽくしなだれかかり、電子タバコをふかしていた。
電子タバコの癖に、やたら煙出てんですけど。それ大丈夫? 本体ぶっ壊れてません?
「おお。これはすまぬすまぬ、お前さんがいつもいつも、熱心に
「春画じゃないです。同 人 誌 ! 」
私、
「ふむ。そのようなもの、つうはんで買えばよかろうに。お前さんは変わっておる。それとも最近の
「うう、私は紙派なんですよ……。手触りとか、表紙の色合いとかも気になるんです。だから実物を手に取って選びたいんですって……」
実はわたし
世の中の常識として、未成年には18禁の本を売る事は禁じられている。だが、どうしても実物を手に取って、見て、物色したい私は、このような店主の倫理観が
「ねぇ、倫さん。今更なんだけど、何で
「ふふん。苦し
いつも通りだらしなく着崩した和装である。今日は暑いのか、胸元を大きく開いている。倫さんは年齢不詳だけれど、気味が悪いくらいに魔性の魅力にあふれていた。鈴を転がすがごとし声、白く透き通った顔。切れ長の目。視線を降ろせば、帯で締めつけても抑えきれない豊かな
「えっろ……、クソっ、私もあれくらいあったらなぁ……」
自分で言うのもなんだが、私の体格は人並みだ。世間並みで年齢なみで、とびぬけて出っ張ってもいないし、凹んでもいない。そのくせ、性欲だけは
「まぁ、この妖怪的な品ぞろえに助けられてる私もいるんですけどね……」
その旺盛な性欲を収めるために、今日も同人誌を物色する。
「して、しげこよ。今日はどのような春画を探しておる?」
「えー、嫌ですよ、教えないです。倫さん別に興味ないでしょ――って、ひゃん!」
視線を本に落とした瞬間。首筋を舐められていた。
今の今まで、カウンターでだらしなくしていた倫さん。
私が目を離した隙に、一瞬で背後にいた。そしてぬらりと私にしな垂れかかるのだ。
「そう連れないことを申すでない……、ほぉ、これは
私がちょうど手に取っていたのは、昨日発売したばかりの、インド人嘘つかない先生作『妹が見ているⅣ ~俺とエロエロ彼女の絶頂100回しないと出られない密室事件』という大人気シリーズの最新巻だ。
「ちょ……、ちょっと倫さんやめてくださいよ……」
「ふむ。しげこよ。この男の心境というのはどういったものであろうな。好いた
「そ、そんなの、知らな……んっ」
しゃべりながら、倫さんは後ろから私のさして大きくもない胸を触ろうとする。
懐から手を入れ、下着をまさぐり、ひんやりとした細い指が胸元に這う。もう一方の手も、ふとももからじわじわと上へあがるように、指を添わせた。
「う、う、う、うう……やめ……」
「ふうむ。なんとも敏感な。
「まって、まって、やめてください……」
ちりちりと頭の芯を焼く感覚に、奥歯がガチガチと歯が鳴る。倫さんの触り方は優しい癖に、妙にねっとりぬらりとしていて、まるで全身をナメクジにでも這いまわられているような錯覚を覚える。
「見てみよ。この
倫さんの愉悦まじりの言葉と共に、同人誌の1ページを指さす。
そこには、快感に苛まれて忘我の境に迷っているヒロインが描写されていた。
――なんて、なまめかしい。
そして、そのナメクジが如くの、倫さんの手が、徐々に体の中心に向かって来る。
舐られて、触れて、しっとりと――。
「だめ、駄目ですよぉ……」
「
あ、あ、あ、と細かく声がでる。
倫さんの指先が、きゅうと摘まみ上げると、背筋に電流のような感覚が走った。駄目だこれは魔性だ。彼女に触れられるとこんなにも簡単に痺れてしまう。
「見よ。しげこ。お前さんの痴態に当てられて、
視線が。
全身に刺さった。
「え、え、え! 何で、何で何で私、服が、どこ? 何で!?」
気が付くと、私は生まれたままの姿だった。
全身にくまなく突き刺さる、視線、視線、視線。
本が、棚が、壁と天井と、床と、暗がりと。
ありとあらゆるところに、虚ろな目が張り付いていた。
「こ奴らは、
そんなことを聞いているんじゃない。
「なんで、急に、裸――」
「なに、覗かれる心持ちというのをしげこに味わってもらおうと思いな。いやはやしかしこれはいささか、出すぎじゃ。人間のしげこにはこの刺激、辛かろう」
もはや快楽などではない。
ただただ、刺さる視線が、辛かった。
右を向いても左を向いても、見られているという感覚。
どこまでも、見透かされているようだ。
「いや、ヤダ、ヤダ。見ないで――、なんで、なんで、こんなに視線があつまるの!?」
虚ろな無数の目。それが一斉にぎょろりと私を見る。
手で隠そうが、目を伏せようが、容赦なく見られているという感覚に苛まれる。
「悪い子である。だが我らにはそれが愛い。故にお前さんは愛される。この視線は我らの視線であると知れ」
「怖い、怖いよ。やめて、倫さん、やめてよぉおおお……!!」
――私は頭を抱えてうずくまってしまった。
最初は、いつも気持ちが良い。だから気を許してしまう。
でも倫さんは、あやかし。
人の
身をゆだねれば、いつだって後悔する。
「――すまぬな。しげこの反応があまりに
暗闇に
無数の目たちはもういなかった。
倫さんは「しまいである」と
「我らはいつでも、精気に餓えておる。お前さんのような強い生命と精気に満ちたものは歓迎だよ。だが、今日は少しやり過ぎた。すまなかったね。どうじんしのお代はまけておく
◆◆◆
気が付くと、私は両手いっぱいの同人誌を抱えて、一服堂の前に立っていた。
『本日店じまい』と書いた札がかかっている。
カーテンが引かれた店内の様子はうかがい知れなかった。
「また、好き放題やられた……」
私は歯噛みする。いつもこうだ。
「いつか絶対、あのえっちい体に逆襲してやる……」
決意も新たに一服堂を後にする。
「あ、でも倫さん、袋くらいつけてよぉ……表紙丸見えでえっちな同人誌持ち歩けないんだけど……」
とりあえず、物陰にでも隠して、コンビニで買い物袋でも買おうと思った。
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