本に埋もれて死んだ男

鮎河蛍石

 時計の針が時を刻む度、死神が一歩一歩こちらに近づいてくる気がしてならない。


 能果己悠仁のがみゆうじんは締切に追われていた。

 彼は私立南雲なぐも高校新聞部に所属している。

 担当は記者。


 新聞部は月の初めに一度、ウェブ版学校新聞『学舎の窓』の更新をする活動を行っている。

 紙面を編集する段どりから逆算すると、月曜の晩に白紙の原稿が埋まっていれば、彼の首は皮一枚で繋がる。そして今は土曜の晩。あまり時間は残されていない。

 

「——アカン江里えりにどやされる」


 紙面の編集を担当する江里と能果己は付き合っている。

 このカップルのパワーバランスは大きく彼女に傾いていた。

 一度、部が定めた締め切りを一日越えて、能果己が原稿を提出したことがあった。

 

「ホンマに申し訳ない」

「何故です」


 江里が放った一言に、心臓をゆっくりと手で握りつぶされるような感覚を能果己は味わった。

 今まで三年付き合って、見たことのないほど柔らかな笑顔を彼女が浮かべていたから。


 二年生の能果己は、一年生の江里に頭が上がらない。


「こんな時間にごめんやで、紙魚川しみかわくん。助けてくれへんやろか」

 能果己はフラッシュバックした恋人の笑顔で半ば錯乱し、友人のスマホを鳴らした。

「構いませんよ。それにしてもえらく声が震えていますね。お化けでも見ましたか」

「もっと怖いもんや。このままやとそれをもう一回拝みそうなんや」

「詳しく聴きましょう」


 つづく。

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