第50話 昔話
別邸の一室に関係者一同が会した。
クッションの利いた長椅子にバナージュとエリザが並んで座り、それに対する形で国王レイモンも座り心地の良い椅子に腰かけていた。
双方の間に上下無し。対等な立場での話し合いだ。
そして、部屋の隅にはソリドゥス、デナリ、アルジャンが控えていた。また、国王側の随伴員として、近衛隊の隊長のみが立ち会っていた。
本来、国王が頂点であり、国内では対等な存在などいないのだが、今この瞬間だけは違う。王と、王を継ぐ者との、対等な話し合いの場だ。
余計な話がここから漏れ出ないよう、信用における者だけを配した形だ。
緊迫した雰囲気が部屋に充満し、よいよいお始まるのだと皆が身構えた。
「いやぁ~、なんか緊張してきましたよ、ソル姉様」
ここでデナリが隣に立っていた姉に話しかけた。気を遣って小声であったが、沈黙を守る空間には、意外なほどに声が通っていた。
「ま、お互い話したいことはあるし、片付けておきたいケジメってのもあるんでしょうけど、いざ面と向かうと、言いにくいものなのよ」
ソリドゥスもまた小声で返した。
これから話し合われることは、今後の国家運営に関わることだ。
王位がちゃんとバナージュに譲られるのか。非公式とは言え、王が臣下や庶民に謝罪できるのか。数は少ないながらも、重要な案件ばかりだ。
「ま、お嬢様の場合は、その後の“お駄賃”の方に興味がおありですからね」
またしても余計なツッコミがアルジャンより入った。図星ではあるのだが、場の空気の読まなさっぷりは相変わらずであり、ソリドゥスはジロリとそちらを睨んだ。
「あんたねぇ、ちょっとは場の空気を乱さず、沈黙を守ろうって気はないの!?」
「沈黙を破ったのはデナリですが、それがなにか?」
小声ではあるものの、いつもの二人の口論がが始まり、デナリも緊張が解けたのか、手で口を抑えながらもついつい笑いが漏れ出てしまった。
「御三方とも、御静かにお願いいたします」
当然、隊長からの注意が飛んできて、三人は慌てて口を閉じ、姿勢を正した。
そこに豪快な笑い声が飛び出し、重々しい沈黙を吹き飛ばしてしまった。
笑い声の主はレイモンであった。
数こそ少ないが、人前だと言うことを憚(かばか)ることなく、大口開けての豪快な笑いであった。
「ワッハッハッハッ! なかなかに愉快な連中を連れておるな、バナージュよ」
「まったくです。お騒がせして申し訳ございません、父上」
バナージュは少し笑いながら頭を下げた。緊張が解けて、こちらもついつい笑ってしまったのだ。
実際、隣のエリザも笑っており、役目柄、無表情を鍛え上げている隊長以外は、全員の顔が緩んでしまっていた。
なお、ここでバナージュは呼び方を“陛下”から“父上”に戻した。陛下呼びでは他人行儀であるため、父上呼びに戻すことによって歩み寄りの姿勢を示した。
「よいよい。以前、目にしたときはワシの誕生日の宴であったな。随分と若い、少年少女ばかりの供廻りで不安に思ったが、なるほどなるほど。見た目からは想像もできんほどに豪胆であるな」
そして、
その眼差しは、どこか懐かしいものをながめているような、そんな感じの目であった。
「少しばかり身元を改めさせてもらったが、なるほど、お前はパシー家の娘であったか。お前の祖父によく似ておる」
その言葉にソリドゥスは目を丸くして驚いた。
祖父は御用商人であったのだから、目の前の王様とは面識があっても不思議ではないが、それがこの場で飛び出すとは考えもしていなかった。
「陛下はお爺様をご存じでありましたか」
「ああ。あやつにはほとほと迷惑をかけさせられたわい。人目のない所ではズケズケ物を言うし、下らん愚痴に付き合わされたり、妙な物を買い取る様に勧めたりと、とにかく忙しない奴じゃった」
レイモンの言葉は衝撃であった。まるで悪友の紹介をしているかのような軽い口ぶりであり、意外な過去と言うべきものに、皆が驚いた。
「あやつとの関係はワシが即位して間もない頃であったか。あの頃は色々と面倒事が重なって、難儀しておってな。特に北の隣国と国境紛争が絶えず、ワシ自身が陣頭指揮を執っていたくらいだ。兵糧不足で悩んでおったときに、あやつめはどこで買い付けたのか、大量の小麦を何十台という馬車列を率いて現れおった。『お代は時価で! ツケ払いにしておきます!』と言ってな」
「フフフッ、お爺様らしい」
「それで北の侵攻をどうにか防げたことだし、その対価として御用商人に任じたわけじゃ」
そう言う経緯があったのかと、ソリドゥスは初めて聞く祖父と国王の話に目を輝かせた。
そして、同時に気付いた。今まさに、自分がそれをやっているのだと。
「ああ、私は知らずに知らずに、お爺様と同じことをやっていたのですか」
「そうであるな。戦備の兵糧か、愛すべき伴侶か、と言う違いはあるがな。“オススメ”の商品とやらを、直接売り込みにきたのは同じだ。いや、伴侶の点も同じか」
そう言うとレイモンは視線をバナージュに戻した。
「お前も知っての通り、私は二人目の妻に先立たれ、気落ちしておった。そんな時、家臣の一人が気を遣ってか、国中の貴族やら名士から募集し、これはと言う女性を王都に連れて来いと布告したのだ。舞踏会を開催し、そこで新たな妃を見つけ出す、と言ってな」
「ええ、その話は存じ上げております。その舞踏会で母上を見初めたとも」
「まあ、ワシ自身はそれほど乗り気ではなかったが、家臣の気遣いもあるし、なんとなしに国中から集まったと言う美女達を眺めていた。そんなときにじゃ、あの悪徳商人めがワシの耳元で囁いたのよ。『あちらのお嬢さんをお勧めいたします』とな。その指さす先にいたのが、他でもない、ミラであった」
「では、父上と母上を引き合わせたのは、ソリドゥスの祖父であったと?」
「いかにもその通り。いやはや、祖父と同じこと孫娘もやってしまうとは、これもまた何かの奇縁ではなかろうかな」
レイモンの頭の中には、当時の事が鮮明に浮かんでいた。国中からやって来たと言う貴族、富豪、名士の身内の女性がずらりと並び、それは煌びやかな光景であった。
「ミラははっきり言ってしまえば、みすぼらしかった。なにしろ、あるのかないのか分からないほどの小さな領主の娘であり、どういう経緯で舞踏会にやって来たのか疑問に思うほどであった。その場にいる女性は皆奇麗に着飾り、あらん限りの美辞麗句や売り文句、優雅な舞に澄み渡る歌声、そして、うんざりする“身内自慢”だ。あれやこれやで、ワシに自分を売りつけようとしておったというのに、ミラだけは会場の隅で何もせずに立っていただけであった」
「何と申しましょうか、よくそれで母上を選びましたね」
「ああ。後で知ったのだが、何から何まで全部、あの悪徳商人めの仕込みであったのよ。舞踏会を開催するよう重臣を動かし、出席者の中に本来はいるはずのないミラの名を名簿に紛れ込ませ、そうとは知らずにやって来たミラを会場の隅に追いやって却って悪目立ちさせ、最後にワシの耳元で推しの言葉を囁く。あやつめ、ワシを含めた国中の人間をペテンにかけ、ミラをワシに引き合わせるために
それを聞くなり、バナージュを見て、次いでソリドゥスを見た。まさについ半年前の
もちろん、二人も驚いており、言葉では言い表せない衝撃に襲われた。
「へ、陛下、私の祖父はなぜそのようなことを!?」
「なんでもな、その昔、行商で街道を移動中に盗賊に襲われたそうだ。あの頃はまだ治安も安定しておらず、厄介な盗賊がいたからな。で、どうにか逃げることができたものの、かなりひどい怪我をしてしまってもうダメだなと思ったところに、たまたまミラがそれを発見したそうだ。まだ少女だったころのミラは自らの手には余ると急いで人を呼び、自分で看護をしてどうにか回復させたそうだ。その際、助けてもらった恩返しに何か欲しいものはあるかと尋ねると、ミラは冗談半分にこう答えたそうだ。『一度でいいからお姫様みたいになりたい』とな」
「では、お爺様はその時の約束を果たすために、殿下の母君を舞踏会に?」
「ああ。それから数年の後に御用商人になり、財を築いてかつての恩返しのためとデカン村に訪れた際、美しく成長したミラと再会し、あの計画を思いついたのだそうだ。さながらシンデレラを王子に引き合わせた魔法使いのごとく、な」
聞けば聞くほど、よく似ている。今回のバナージュとエリザを引き合わせたように、祖父もまた同じ悪巧みをしていたのだと知り、ソリドゥスはついつい笑みがこぼれてきた。
敬愛する祖父と同じことをして、これまた同じく実を結ぼうとしていることは、ソリドゥスにとっては喜び以外の何物でもないのだ。
「まあ、ワシに言わせれば、お姫様のような暮らしをさせるための金銭を、ワシの財布から出させたという悪い商人よ。あの件では、あやつめの財布は全然痛んでおらんからな。よくもまあ、ワシも含めて国中をペテンにかけたなと、二人きりで酒を交わしているときに文句を言ったものじゃ」
「それでお爺様は何と?」
「シレッと言ってのけおったわ。『
「お爺様らしい破天荒ぶりですわね。陛下相手にそこまでやってしまうとは!」
「ああ、まったくじゃ。あやつめの悪戯には、ワシも何度泣かされたことか! まあ、戦の勝利の立役者であり、勧めてくる商品は本物であるし、何も言い返せなんだがな」
ソリドゥスとしては、今まで聞いたこともなかった祖父と国王の意外な繋がりに驚きはしたが、ここ半年ほどの短い期間ではあるが自分自身も王子と、普段なら有り得ない交流を繰り返しており、縁と言うものは時としてとんでもないものをもたらすのだと感じ入った。
「そう言う奇妙な巡り合わせがあるのは、分かりましたとも。そして、父上が母上の事を本当に愛してらっしゃったこともね。そうでなければ、何の後ろ盾もない貧乏貴族の娘などを、勧められたからと言って継室に迎えられるとは思えませんので」
「うむ、その通りじゃ。舞踏会では、二、三話して、一緒に踊った程度であったが、その後は何度か手紙のやり取りをした。特にこれと言ったことのない、ほんの世間話程度のやり取りじゃ。何度かやり取りしている間に、ようやくあの悪徳商人めがミラを薦めてきた意味を悟った。ミラ自身への恩返しもあるのじゃろうが、本当にいい娘だからお買い上げくださいとわけじゃ。口やかましい“外戚”などもいないし、芯のしっかりしていて陛下の支えとなる、最良の伴侶となるでしょう。そういうことなのだと理解した」
ここでバナージュがいきなり目の前にある机に拳を振り下ろした。ドォンと豪快な音を立て、不意なことであったため、その場の全員が驚いた。
その表情からは隠しきれない苛立ちが溢れており、同時にそれを父親に向けていた。
~ 第五十一話に続く ~
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