第42話  王子の“天賦《ギフト》”

 老紳士が王都に向かって半月後、それはやって来た。


 数多の騎士を従えた馬車列がデカン村に到着したのだ。見事な衣装の施された馬車が二台に、荷物を運ぶための荷馬車が一台。それを護衛する騎士が三十騎がずらりと並んだ。


 人口僅かに百人ほどの村には、あまりに不釣り合いな仰々しい一団であり、集まった村人はただただ驚くばかりであった。



「素早く、そして要求通り、か。陛下も相当焦っているようだな」



 王都への帰還を前に、バナージュは自身を迎えに来た一団を眺めて、率直にそう感じた。


 なお、まだ“父”ではなく、“陛下”と呼んでいるあたり、まだ和解が成立しておらず、許してもいない態度の表れでもあった。


 迎えを待っている間の十数日も、バナージュは畑仕事に精を出し、泥だらけの生活を続けていた。


 送迎の一団がやって来て、護衛の騎士がその姿を見て、本当に王子だろうか、と疑ったほどだ。


 だが、汚れを落とし、王族として相応しい服装に着替えて屋敷から出てくると、それは間違いなくかつて見てきた第三王子その人であり、騎士達は恭しく拝礼し直したほどであった。


 なお、この十数日の間に、ちょっとした祝い事があった。デナリが十三歳の誕生日を迎えたのだ。


 バナージュが王都へ帰還することになったことも、村人には周知の事であり、誕生日と合わせて盛大に送迎しようと、まるでお祭り騒ぎのように大いに盛り上がった。


 王宮での宴席を知る者達にとっては、料理も酒も質の劣る物ばかりであったが、飾り気のないもてなしの心こそが珠玉に勝るものと感じ入り、村人達に感謝した。

 

 そして、旅立つ荷馬車はほとんど空の状態で出立することとなった。王都より来た際は多く荷物を積み込んできたが、その多くを村人に謝礼として引き渡したのだ。


 惜しまれつつも、いつもの五名は馬車に乗り込んだ。


 なお、前の馬車にはバナージュ、エリザ、デナリが乗り込み、後ろの馬車にはソリドゥスとアルジャンが乗り込んだ。



「十三歳になったんだし、デナリもコウノトリの儀式について、お二人から教わると良い。旅も長いし、丁度いい機会だ」



 アルジャンの放った“余計な一言”により、この座席割りが決定した。


 困ったことになったバナージュとエリザであったが、ソリドゥスとデナリに押し込まれるように馬車に乗り込み、王都の騒動とは別件で悩ましい出立となった。


 しかし、これはアルジャンの仕掛けであった。


 デナリの知的好奇心を満たしてやると同時に、長時間ソリドゥスと二人きりの時間を作るために仕掛けたのだ。


 後ろの馬車にはソリドゥスとアルジャンが乗り込み、向かい合うように腰かけていた。



「さて、お嬢様、色々とお伺いしたい事があります」



 ガタゴトと進む馬車の車窓からはのどかな田園風景が覗いていたが、ササッとカーテンを閉じてしまい、これで本当に邪魔されない空間となった。



「まあ、色々と話すことはあるんでしょうけど、何から話そうかしら?」



 ソリドゥスもこの状況を望んでいた。目の前の従者にして幼馴染は、飛び抜けた洞察力を持ち、しかも頭が回る。嘘が付けない、という致命的な欠陥があるが、それさえ抜きにすれば、とびきり優秀な参謀役なのである。


 秘密を知り、互いに嘘や隠し事をしなくていい時間は貴重であり、必要でもあった。



「まず真っ先に伺わねばならないのは、やはりバナージュさんの“天賦ギフト”のことでしょう。お嬢様には見えているのですから」



 “天賦ギフト”は人間には誰しも備わっている、神の奇跡である。十歳の時に神殿へ赴き、洗礼を受けると、誰もがそれを貰い受けるのだ。


 だが、どのような“天賦ギフト”を貰い、どう言った才能に目覚めたのか、それは誰にも分からないのだ。


 だからこそ、洗礼を受けた後は様々なことに挑戦し、どの才能を得たのかを試すのが慣わしである。運良く見つければそれを伸ばせばよいが、才能が分からぬままに年を重ねてしまうこともあり、宝の持ち腐れになることもしばしばであった。


 だが、そこに反則的な“天賦ギフト”を貰ったのが、ソリドゥスであった。


 ソリドゥスの能力は『触れたものの性質を瞬時に理解し、その価値を把握すること』である。目利きとしては最高の能力であり、ソリドゥスはこれを【なんでも鑑定眼】と名付けた。


 ただ、あまりに有用過ぎるこの能力を逆に警戒し、“物”だけを調べれると嘘を付き、“人”まで探れることを隠匿したのだ。


 結果として、その嘘はソリドゥスの実力を周囲に示しつつ、飼い殺しにはしない程度の自由を保障することとなった。なにしろ、“人”の性質まで分かると言う事は、相手の“天賦ギフト”を調べられると言う事であり、神殿か実家に飼い殺されるに決まっているからだ。


 祖父のような大商人になる事を夢見るソリドゥスには、それは決して耐えられないことであり、ずっと隠匿してきたのだ。


 だが、幼馴染のアルジャンは見抜いてしまった。


 アルジャンの能力は『優れた洞察力を得るが、嘘を付けなくなる』というものであり、ソリドゥスはこれを【バカ正直な皮肉屋】と呼んだ。


 ソリドゥスはこれを読み違えた。洞察力を得る、の下りがソリドゥスの予想を遥かに上回る能力であり、普段の言動から【なんでも鑑定眼】について、嘘を付いていることを見破られたのだ。


 こうした事情もあり、嘘を付けないからこそ、自身の秘密が漏れるのを恐れたソリドゥスは、アルジャンをますます手元から離せなくなった。


 

「バナージュの“天賦ギフト”はね、正直未知の領域なのよね。どこまで伸びるか分からなかったけど、結果としては最悪と最高が同時にやって来たってところかしら」



「最悪なのは国内の混乱、最高なのは国王の後継者、ですね」



「話が早くて助かるわ。相変わらずの頭脳の冴えで」 



 軽く話すだけで見通してしまえる幼馴染の能力は、見事なものだと感心しつつ、話を続けた。



「で、バナージュさんの“天賦ギフト”もエリザさんと同じく、結婚に関することよ。効果の中身は『結婚した伴侶の“天賦ギフト”の力を増幅する。両者の愛情の深さにより、倍率が変化する』というものよ。私はこれを【愛妻家】と名付けたわ」



「相変わらずの名付けの安直さですね」



「奇をてらっても仕方ないでしょ。分かりやすくていいじゃない」



 目の前の幼馴染のそれは【バカ正直な皮肉屋】と名付けた。これではどんな能力か分かり辛いことこの上なく、名付けた当時の自分に説教してやりたい気分であった。


 なお、今更感もあるので、特に名前の変更などはするつもりがなかった。



「つまり、あの競売会場でバナージュさんに触れ、その能力に気付いたと。以前から知っていたエリザさんの“天賦ギフト”と駆け合わせれば、面白いことになると仕掛けたわけですか」



「ええ、そうよ。エリザの能力は『伴侶の運気を上昇させる』というもの。【内助の功】って名付けたわ。で、【内助の功】の性能を【愛妻家】で増幅させたらどうなるか、気になるところだったのよね。だから、二人を全力で引っ付けにいった」



「で、前回のザックさんとエリザさんの結婚させたのを反省し、今回は慎重に事を進めたというわけですか。“天賦ギフト”の性能だけを見て、当人同士の相性を無視して大失敗でしたからね」



「まあね。それに愛情の深さで倍率変動があるってことだし、より親密になるよう頑張ったわよ」



 実際、ソリドゥスの働きは目覚ましいものがあった。


 バナージュとエリザが結婚できるようにするため、まずはザックとエリザの婚姻取り消しを行い、死別以外では不可能な離婚を成立させた。


 その後はエリザがバナージュの心を掴むために、あの手この手で篭絡していき、二人の仲が親密になる様に動いた。



「でもさ、結局のところ、王子と庶民の壁は大きかったわけよ。前にもあんたが言ってたけど、お気に入りとして“寵姫”に指名するくらいが限界だったと思うわ。その壁を突破できたのも、育んできた二人の愛情が本物になって、全てを投げ捨てでも添い遂げるって、覚悟を固めれたからなのよ」



「なお、エリザさんは義理の兄二人を投げ捨てた模様」



「あれは決定打の一つだったわね。公衆の面前で第一王子と第二王子を投げ飛ばすんだもの。あれにはこっちもびっくりしたわ!」



 王宮での宴席において、エリザはバナージュを困らせる二人の兄王子を突き飛ばし、大声で説教をしたのだ。その直後にバナージュはエリザを寵姫に指名し、いつも一緒に行動するほどに親密になった。



「で、とどめになったのは、家族からのエリザに対する侮蔑よね。あれでバナージュが激怒して、親子喧嘩になって勘当。そのまま都落ちして、ド田舎の村で結婚式って流れ」



「本当に全部捨てて、愛を選びましたからね。ここで普通なら、全てを失った王子の下から寵姫もスタコラサッサと離れるもんなんでしょうけど、エリザさんは一緒に都落ちする道を選んだ」



「お互いに人を見る目があった、て事なのかしらね。いくらこっちの補助があったとは言え、ここまですんなり……、あ、勘当されてるから、すんなりとも言い難いか。まあとにかく、身分違いの壁をぶち抜いて、よくぞ添い遂げたと感心するわ」



「身分違いではありませんよ。なにしろ、バナージュさんは王族の身分を放棄し、平民になって、辺境で農夫のようにして生きる道を選んだんですから。エリザさんとは対等ですよ」



 鋭いものの見方をするな~と、ソリドゥスはアルジャンの洞察に感心した。


 そう、二人は平民、何の権限も財力もない、平凡な夫婦なのだ。


 王様がそれを呼び出し、王位を継がせたいと言っているだけの、“ただの”新婚夫婦なのだ。


 それ以上でも以下でもない。



         ~ 第四十三話に続く ~

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