第31話  都落ち(後編)

「……とまあ、雑談はここまでにして、本題に入りましょうか、お嬢様」



 ここでアルジャンのソリドゥスへの呼び方が、愛称から普段のそれに変わった。


 さて仕事の時間だと切り替えるためであり、ソリドゥスもまた真顔に戻った。



「で、結局のところ、ここから大逆転を狙えるのでしょうか?」



 アルジャンの心配な点はただそこだけであった。


 ソリドゥスは金貨千枚の借金をしており、それの返済が出来なければ、自由を縛られることとなる。それを覚悟の上で借金をしたのであるが、返済計画はお先真っ暗な状態だ。


 バナージュが王子のままであれば、あるいは彼自身が提案したように、御用商人としての道が開けたかもしれない。商売をする上で、これほど都合のいい立場はなく、是非とも欲しい看板であった。


 だが、その道はバナージュの勘当によって断たれてしまった。身分を失ったバナージュには推挙できる権限もなく、今までの投資がふいになった瞬間でもあった。



「“幸運の牝馬”に張ったとて、あまりに当たりの遠い万馬券。案の定、最後の直線に入ったところで、最後尾な上に騎手は落馬寸前ときました。馬券を投げ捨てているところですよ」



「なに、こっからよ。エリザはここから盛り返す。最後に一気にまくるわよ」



 なにしろ、ソリドゥスの頭の中ではアルジャンの述べる状況から、一気に先を行く馬をごぼう抜き姿が描かれていた。


 楽観的に過ぎると普通ならば思えるのだが、それを描ける材料を持っていることでもあった。



「やはりあれですか。エリザさんは運気に関わる“天賦ギフト”を持っている、と」



「あ、そこまで気付いていたのね。やっぱ優秀だわ、あなたは。というか、『高い洞察力を得る』なんてあいまいな表現のやつは、どうにも分かり辛いわね」



 【なんでも鑑定眼】によって、触れた相手の情報を得ることができるのだが、具体的な数字や基準が書かれていないあやふやな情報であり、結局は持ち主の性格や知能に左右されてしまうものも多い。


 現に、アルジャンにしても、“桁外れの洞察力を得るが、嘘を付けなくなる”という【バカ正直な皮肉屋】の説明文を見れたが、どの程度の洞察力なのかは分からなかった。


 それがソリドゥスのアルジャンに対する能力評価が、ズレてしまった原因だった。


 おまけに記憶力も抜群であるため、能力が大きく化けてしまっている。


 表面的な情報だけでは限界があり、それをソリドゥスは今更ながら感じていた。



「そうよね。エリザとザックの件もだけど、表面的な情報に踊らされて、“夫婦間の相性”について考えもせずに結婚させたのは、本当に反省すべき点だもの」



「まあ、その辺は俺に相談してください。お嬢様の能力が“目”ならば、俺の能力は“耳”です。洞察力によって潜んだ本音を聞き分ける。そういうものだとお考え下さい」



「そりゃどうも。その点では頼りにさせてもらうわ」



 従者からの嬉しい一言であった。嘘を付けない相手と秘密を共有するのは危険ではあるが、そこは自分が援護カバーすべきだと思い至った。


 最高の“目”と“耳”があれば、どんなことでも調べが付し、今後は有利に事を運べるだろう。閉じる事のない“口”さえどうにかしてしまえば、という条件付きではあるが。



「で、結局のところ、エリザさんの“天賦ギフト”の正体とは? 運気に関わるものだということだけは察していますが」



「エリザの能力は【内助の功】。結婚した伴侶の運気を上昇させるというもの。結婚したザックが、結婚と同時にさらに出世したし、効果は上々だと思うわよ」



「なるほど。大金を使って“婚姻無効”を画策したり、バナージュさんと引っ付けようとしたりしたのは、その発動条件ゆえですか」



 これでここ半年のソリドゥスの行動の奇妙さの裏を認識し、アルジャンは納得した。おおよそ察しがついていたこととはいえ、ちゃんと口にして告げられたこともあり、それは確信へと変わった。



「となると、バナージュさんの“天賦ギフト”も結婚に関することですか?」



「ありゃ~、そっちもすぐに気付くか。それも正解」



「まあ、競売後にバナージュさんに触れてから、急に作戦を切り替えたと言ってましたからね」



 当時の事を思い出すと、ソリドゥスが金の受け渡しのときにさりげなく触ったり、背中を押して無理やり屋敷に帰らせるなど、かなり積極的に接触を図っているように見えた。


 その際にバナージュの力を覗き見たのだろうと、推察することは難しくなかった。



「ザックとエリザの組み合わせの反省もある。エリザの能力は強力だけど、あの勝ち気すぎる性格じゃ、なかなか結婚生活なんて長続きしなさそうだもの。離婚禁止の法律が無かったら、ザックとだってすぐに別れていたはずだわ」



「それはそうでしょうね。で、今回はゆっくりとバナージュさんとの関係を進展させ、それから結婚にまで漕ぎ付けたと。回りくどいことではありますが、まあ成功したと言ったところでしょうか」



「結局のところ、好いた惚れたは当人同士の問題だし、こっちには無理やり引っ付ける権限はないからね。政略結婚が主たる貴族同士の婚儀ならいざ知らず、庶民のザックとエリザが交際もなしに結婚したのも、お父様の名義とあたしの仲人なんて状況になってたから、雇用主の顔に泥を塗らないためにもまずは受けたって感じだし」



「相性は重要ですね。人も、能力も」



「まったくその通りだわ。今は反省している」



 能力を過信しすぎていた。ソリドゥスはその点で大いに反省していた。


 【なんでも鑑定眼】はあくまで表面的な情報の開示に過ぎず、そこから派生する隠された要素を見出すかどうかは、長年の経験がものを言うのだと思い知らされた。


 人間同士の繋がりで“相性”を無視するなど、今にして思えばとんでもない話だと、驕っていたかつての自分自身を張り倒したい気分となった。


 高級な食材だからと、一緒にすればさらに美味しくなると言うわけではない。美味しくできるかどうか、食材を活かせるかどうかは、料理人の腕次第である。


 それを気付けなかったことは、ソリドゥスにとっては痛恨の失敗であった。


 その犠牲になってしまったエリザとザックには、必ず報いるつもりでいることも心に決めていた。


 今はエリザの件で手一杯だが、ザックにもその内に何かしてやらねばと思った。



「ときにお嬢様、『その点、あたしとアルジャンは性格も能力も相性抜群だものね』と顔に書いておりますが、頭大丈夫ですか?」



「適当抜かすな!」



 いきなり臆面もなく恥ずかしい言葉をぶつけられ、ソリドゥスは再び顔を真っ赤にした。



「あいにくと、嘘は付けない身の上でございまして」



「クッ……、こいつやっぱ性格最悪だわ。それにそこは気を利かせて、お嬢様、じゃなくて、ソル、って呼ぶところじゃない!?」



「たまに言うから、新鮮な反応が得られるのでございますよ。と言っても、十年以上使っていなかった呼び名の不意討ち反応は、二度と拝めないでしょうが」



「ああ、もう! 話はこれでおしまい! さっさと馬車の手配に行くわよ!」



 赤い顔のままソリドゥスは立ち上がり、気恥ずかしさを隠すためか、わざとらしく足音を立てて歩き始めた。


 やれやれと思いつつも、アルジャンも立ち上がってそれに続いた。



「帳簿とのにらめっこはよろしいので?」



「いらないわよ。どうせ残っている資金なんて、もう懐の財布袋に入っているだけなんだし、どこをひねっても出て来やしないわよ」



「おや、では、口入屋に馬車の手配が終われば、いよいよ素寒貧でございますか」



「ここまできたらエリザの“天賦ギフト”に期待するしか、もう道はないわ。“幸運の牝馬”の走りに期待しましょう」



 そもそも、ソリドゥスの作戦はエリザの能力ありきの作戦であった。


 “伴侶の運気を上昇させる”、この一点のみを考慮に入れたの作戦であり、頼みの綱だ。


 なお、バナージュの“天賦ギフト”については未知の領域であり、ソリドゥスはその効能に期待しつつも、どの程度まで引き出せるのかは予想出来てはいなかった。



「他力本願ですな」



「完全な他力本願じゃないわよ。あたしは発動の条件を整える方に、全力を注いだからね。場所は整えた。あとは駆け抜けるだけ。デカン村に着いたら、早速式を挙げて、二人を正式な夫婦にするわよ」



「それで勝利の凱旋ウィニング・ランですか」



「都落ちからの成り上がり、と言う点では、あたし達の勝負はそこからよ」


 

 何もかも失ったが、バナージュは“幸運の牝馬”を手に入れた。


 それが今後、どういう走りを見せるのか。それは走り切ってみなければ分からないことであった。


 だが、ソリドゥスには不安はなかった。自分を含めたいつもの五人ならばきっと上手くやれる。そう感じていたからだ。



         ~ 第三十二話に続く ~

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