第18話  祝辞

 馬車が王宮に到着すると、早速五人は王宮へと乗り込んでいった。


 放浪の第三王子バナージュ、その愛人(?)エリザ、侍女ソリドゥス、御針子デナリ、召使アルジャンという一行だ。


 まずバナージュがエリザと腕を組んで進み、その後ろを他三名が付き従うという形だ。


 さすがに王子と腕を組みながら、しかも王宮と言う明らかに場違いな雰囲気の空間に連れ込まれ、エリザは困惑していた。


 やはりいくら練習しようとも、十七年の内に染みついた庶民の色合いは、消せないものであった。


 もちろん、それは王宮への初登城となったデナリやアルジャンも同じようで、エリザほど困惑してはいないが、どことなく落ち着かない態度であった。



「三人とも、堂々としていなさい。殿下の顔に泥を塗ることになりますよ」



 馬車より降りてからというもの、ソリドゥスの表情も一変していた。涼やかに貴人に付き従う侍女の顔になっており、先程まで大爆笑していた少女とは思えないほどの変わり様であった。



「お嬢様も演技がお上手なご様子で。見た目も悪くはありませんし、いっその事、舞台女優でも目指されてはいかがですか?」



「あら、アルジャンが私の容姿を褒めるなんて、明日は雪でも降るかしら」



「この時期に雪はないでございましょう。雷くらいは落ちるやもしれませんが」



 場を弁えて小声でのやり取りとは言え、相変わらずの二人のやり取りに、すぐ横にいたデナリはクスリと笑った。それで緊張が解れ、余裕が出てきた。


 だが、次の瞬間には打ち砕かれた。


 会場となる大広間に到着し、そこに五人が入ると、そこはまさに別世界であった。


 煌びやかなシャンデリア、飾り立てられた部屋や、それを彩る調度品や絵画の数々。そして、居並ぶ貴族の眩しい衣装。テーブルの上には見たこともない料理が所狭しと置かれ、良さげな酒も並んでいた。


 また、王宮お抱えの楽団が演奏を行っており、厳かで物静かな音楽が耳の飛び込んできた。


 エリザ、デナリ、アルジャンはさすがに雰囲気に圧倒され、口を開けて呆けた表情となり、周囲を見回した。


 そんな三人に、ソリドゥスは素早く尻を軽く引っぱたいた。



「そんな作法を教えたつもりはありませんよ。場の空気に呑まれることなく、平然としていなさい」



 ソリドゥスに叱咤され、三人はようやく平静を取り戻した。


 なお、叱咤したソリドゥスも実はかなり空気に気圧されていた。大店の娘とはいえ、そこまで社交慣れしているわけではなく、何かと理由を付けては避けていた口だ。


 間違って誰かに見初められでもしたらば、結婚などと言う話に持って行かれかねないので、そうした殿方との顔繫ぎの場は逃げ回っていたのだ。


 あくまで、独立して商人としてやっていきたいと考えているソリドゥスにとって、結婚などと言うものは自由を縛る鎖以外の何物でもなかった。


 出資者は歓迎するが、伴侶はいらない。この考えは、十歳の時、“天賦ギフト”に目覚めて以降、一切の変化はなかった。


 その願いがあるからこそ、気圧されても怯むことなく何事にも向かっていけるのだ。


 そんな各々の考えや戸惑いをよそに、バナージュは広間を進んで行った。


 王子の一人ということもあって、さすがに人々の注目を集めてはいるが、好き好んで話しかけてくる者はいなかった。


 何しろ、今王宮では、次期国王を巡って、第一王子と第二王子が競い合い、貴族もその渦中にいるからだ。上二人の兄と違い、バナージュは後継者レースに乗っておらず、我が道を行っているので、そのご機嫌伺いをするなど、時間と労力の無駄というわけだ。



(みんな、仲良さそうに振る舞ってお喋りしているけど、実際はいかに相手を出し抜くかで腹の探り合いってところかしら。一度直に見れて、これは正解だったかもね)



 今は王子の侍女であるので、出過ぎた真似はできないが、ソリドゥスはこういう雰囲気が大好きでもあった。


 知略や話術を駆使し、己に利益を引っ張ってくる。商人として、こういう駆け引きも学んでおかねばならず、今は雰囲気だけでも味わえただけ良しとした。


 ちなみに、ソリドゥスはそうした列席者の中に、父ダリオンや兄レウスの姿も確認した。


 二人ともソリドゥスの存在には気付いているようであるが、特に話しかけてくる様子もない。完全に様子見と言った感じであった。



(父も兄も、まだ所属する派閥を決めていない。むしろ、自分を売り込むために、値を吊り上げている段階かしらね。で、私はバナージュ殿下に賭けているけど、ここで下手に繋がっていると勘繰られると、話がこじれちゃうしね。娘が勝手にやりました、で通す気ね)



 ソリドゥスは社交界への顔出しが少なく、そこまで顔は売れていない。それが今回は功を奏し、パシー商会がバナージュに入れ込んでいる、とは見られないようであった。


 それならば却って好都合、とソリドゥスは割り切った。出資金まで出してもらった上に、他の手助けまでされては、一端の商人として認められていないと感じてしまうのだ。


 それは勘弁、というのがソリドゥスの本音であった。


 そうこう思考を巡らせているうちに、玉座に座している王様の前までやって来た。挨拶のための列はあったが、王子と言うことでそれらは無視した。



「父上! 六十回目の生誕日を迎えられましたること、心よりお祝い申し上げます」



 バナージュは父に恭しく頭を下げ、随伴の四名もまたそれに倣い、頭を下げた。



「うむ。バナージュよ、嬉しく思うぞ」



 少々、素っ気ない返事であったが国王はバナージュより祝辞を貰い、頷いて応じた。



(国王、レイモン陛下。なるほど、六十の齢に加えて、最近は病気がちだと聞いていたけど、覇気が薄いかしらね。確かに、隠居してのんびり暮らした方が当人にはいいかも)



 ソリドゥスは国王の第一印象から、そう感じた。さすがに直に触れて【なんでも鑑定眼】を使うわけにはいかないので、完全に自分自身の目利きでの評価となるが、息子に王位を譲ると言う話は間違いなさそうであった。


 周囲の貴族が躍起になって、第一王子や第二王子に取り入ろうとするのも、もうすぐやって来る“次”に備えての話なのだ。



「しかし、今日のお前の供廻りは随分と若いな。よいぞ、面を上げよ」



 レイモンよりの許可が出たので、他四名も顔を上げた。レイモンの値踏みするような視線がソリドゥス達に注がれるが、どうにも胡散臭いと言わんばかりの視線であった。



「バナージュよ、供廻りが少年少女ばかりではないか。いささか不安に思うぞ」



 父親としての心配も、ある意味で当然であった。


 とにかく、目の前の息子は放浪癖があり、ふらりと出かけていなくなり、気が付いたら戻ってくるという生活が多い。


 息子がまともな供廻りも連れず、ウロウロされるのはさすがに心配でならないのだ。


 だが、バナージュは気にした様子もなく、笑顔を父に向けた。



「ご心配には及びません。ここは父上の治めたる国。跋扈するような盗賊団もなく、その威徳は国の隅々にまで行き届いております。財も詰み上がり、民もまたその恩恵を賜っております。こうして私が安心して出掛けられますのも、父上の統治の素晴らしい成果として誇れるからでありましょう」



 さすがにバナージュは口八丁であった。その生活スタイルから色々と身内や近侍などからお小言が飛んで来ることもあり、そのための逃げ口上も心得ていた。


 現に、国王もすでにその話術にはまっているのか、困惑しつつも顔が緩んできていた。王として、統治が行き届いていて平和ですと称されるのは、何より嬉しい言葉だからだ。



「まあ、よいか。王都におれば、心配はない。その点は大目に見よう。ただ、遠出するときは、ちゃんとした護衛を付けるのだぞ」



「心得てございます」



 口だけは肯定しつつ、その気はないのだと言わんばかりに下げた頭の表情はニヤついていた。


 そして、一行は国王の御前を退出し、解除の隅の方へと移動した。


 さすがに国王への謁見であったため、バナージュを除く全員が緊張し、服の下は冷や汗をかいていた。


 ただ、ソリドゥスはあくまで冷静を装い、平然とした佇まいのままであった。



「あの、殿下、もしかして、国王陛下が苦手というか、お嫌いなのですか?」



 無礼と思いつつも、つい尋ねてしまったのはエリザであった。



「エリザよ、なぜそう思う?」



「言葉では従順なように振る舞っておりますが、どうも壁を作っていると申しましょうか、一歩引いているような感じがいたしまして」



「ふむ。お前にはそう見えるのか」



 バナージュは顎に手を当て、しばし考え込んだ後、口を開いた。



「私は父が嫌いだ。母が死の病を患ったとき、まともな見舞い一つせず、顔を出さなかったからな」



「母君が、ですか」



「この国には私を含めて、王子が三人いるが、そのいずれも母親が違う。兄弟仲が微妙なのも、そのせいだ。母の見舞いに来なかったのも、三度目の妻の死に顔を見たくなかった、というのもあるかもしれん」



 バナージュの視線の先には、父親がいた。今も人々からの謁見をこなし、祝辞を受け、逆に返す、これを繰り返していた。


 体調があまりすぐれないとも聞いていたが、王である以上はこなさねばならない国事行為と言うものがある。怠けることなど、できはしないのだ。



「だが、それでも、私にとってはたった一人の母親なのだ。父にとっては三人目であろうともな。だから私はそんな父を好きにはなれない。国王としては仕事に励むのは良い事だが、父親としてはダメだ。だから、私は息子として、父を避けている、と言えるかな」



 放浪の王子の意外な一面を知り、一同はどうにもしんみりした感じに包まれた。



「無論、ここまで育ててもらった恩義はあるし、子として父に孝を尽くさねばと思う時もある。だが、どうにもいかんのだ。敬意はあれど、手本にはできない、とでも言えばいいのか。フフッ、自身の語彙力の無さが恨めしい」



 自笑するバナージュは、なんとも締まらない自分自身を嘲り、折角整えた頭をかいて、髪が少しばかり乱れてしまった。


 芸術に打ち込んでいるんも、政治に携わりたくない。父と同じ道を行きたくない、ということもじみた反逆行為なのかもしれないと皆が感じた。



          ~ 第十九話に続く ~

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