第15話  道化師の気遣い

 自らがかしましいと評した女組三人に、押し出されるように部屋を出たアルジャンであったが、さすがに王子と二人きりと言う状況には緊張した。


 勢い任せの行動を戒める立場にある自分が、目線で指示されたこととはいえ、遥か雲の上の存在と同じ空間にいると言うのは、今までに感じたことのない雰囲気であった。


 しかし、自分の迂闊な行動が主人の顔に泥を塗る事にもなりかねず、また現在進行中の『王子篭絡作戦』を頓挫させかねないので、言動には慎重さを求められた。


 なにしろ、嘘を付けない体質のため、言葉選びはより慎重を期した。



「不意に押しかけ、殿下には不快なる思いをさせましたることを、主人に成り代わりまして、まずもってお詫び申し上げます」



 まずは謝罪。エリザの教育のために訪問することは既定路線であったが、まさか先んじてバナージュがエリザに手解きをしていたとは思わず、強引に書庫から追い出したのは無礼だと判断したためだ。


 アルジャンが普段相手にするのはほぼソリドゥスかデナリであるため、その態度はかなり砕けているが、その気になれば貴人の応対をできるほどに、洗練された作法を身に付けていた。


 普段のお喋りな皮肉屋とは思えぬほどであり、庶民にしては意外と礼儀正しいなと、バナージュに感心されるほどであった。



「あ~、構わん構わん。ほんの気まぐれで覗いていただけだ。それよりも、少年よ、いくつか尋ねたいことがあるが、えっと」



「申し遅れました。私はアルジャンと申します。パシー家の邸宅にて庭師を務めております者が父でございまして、その縁故で同い年のソリドゥス様の側仕えを仰せつかっております」



「おお、そうか。では、アルジャンとやら、どの程度の付き合いになるかは分からんが、よろしく頼むぞ」



 バナージュの言う通り、もし王子との付き合いがあるとすれば、それはエリザがこの屋敷に留まっている間だけとなる。その長さは未知数だ。



 ソリドゥスの計画では、目の前の王子と村娘(既婚)を引っ付け、結婚させると言う計画なのだという。そのための婚姻無効はすでに動いており、今はエリザの教育と並行して、バナージュの篭絡を画策しているところだ。


 つまり、今こうして話せる機会を得た以上、ここで好感度を稼いでおけば、今後の展開にも影響を与えることができるというものだ。


 アルジャンは全力で頭を働かせ始めた。



「まず聞いておきたいのだが、エリザは何者なのだ?」



 当たり前ではあるが、素性の知らぬ女性を連れ込んだということだ。なにしろ、競売で競り落としてしまい、そのままお持ち帰りしてからというもの、“庶民の動き”というあまり馴染みのないエリザの言動に驚いたり笑ったりして、その素性を聞くのを忘れていたのだ。


 意外と抜けがあるなとアルジャンは思いつつ、丁寧な応対することにした。



「エリザさんはパシー家が持つ別荘地に程近い、農村の出身でございます。お嬢様とはその縁もあって前々からの知己であり、婚儀の際も仲人を務めました」



 既婚であることは伏せておいた方がいいかもしれなかったが、どのみちアルジャンは“天賦ギフト”の影響で嘘を付けないので、正直に話してしまった。


 もちろん、後から調べられたらすんなり分かる話でもあったので、隠す方の後ろめたさを悟らせないための情報開示でもあった。



「あ、やっぱ既婚だったか。それっぽい事も言ってたような気もするし、そうだよな、うん」



「ですが、ご安心ください。エリザさんとザックさんにつきましては、現在教会の方で“婚姻無効”に関する審議が成されておりますので、その点は抜かりございません」



「んんん~!? 抜かりないとは!?」



「いっそのこと、“お手付き”なさっても構いませんというわけです」



 とても十五の少年の口から出るような言葉ではなく、バナージュを困惑させるだけであった。


 エリザに対しては、あくまで“珍獣”的な意味合いで興味があるだけで、特に女として興味があるかどうかと言われると、ないと答えてしまうほどそっち方面には関心が薄かった。



「いや、アルジャンよ、別にエリザとはそういう関係を望んでなぞおらんぞ」



「しかし、興味があられるご様子とは見て取れます。でなければ、わざわざ屋敷に連れ帰ったり、あるいは先程のように手解きをしたりなど、殿下自らお手を煩わせたりはなさいますまい」



「まあ、そうではあるのだが、あくまで“珍しい”のであって、“欲しい”ではないぞ」



 そこのところははっきりとさせておかねばならなかった。別に女と一夜の逢瀬を欲するのであれば、もっと美人を見繕って屋敷に連れ込むことすら可能な立場なのだ。


 わざわざ庶民の、それも“今のところは”人妻であるエリザに対して、手を出す理由はなかった。



「しかし、折角手に入れた“幸運の牝馬”、手放してしまうのはもったいないですよ」



「なんだそれは?」



「エリザさんは、どうも周囲の運気に影響を与える“天賦ギフト”の持ち主みたいなのでございます。発動条件や効果範囲は不明ですが。実際、エリザさんと関わった人に『えっ? なんで?』、っとなるくらいの幸運が舞い込んだりしてますので」


 そう、アルジャンはエリザの“天賦ギフト”を自前の“天賦ギフト”で洞察していたのだ。


 アルジャンの能力は【バカ正直な皮肉屋】とソリドゥスが名付けているが、それはあくまでソリドゥスが勝手に名付け、しかもアルジャンにも秘密にしていた。


 その能力の内容は『優れた洞察力を得るが、意図した嘘を付けなくなる』というものだ。


 そして、アルジャンはその持ち前の洞察力によって、周囲の言動をつぶさに観察し、思考し、答えを導き出していた。


 しかも、ソリドゥス自身が危険であるとして、【なんでも鑑定眼】の力を公表しつつも、“嘘”を付いていることすら洞察していたのだ。


 そこからさらに思考を進め、アルジャンはエリザの持つ【内助の功】さえもおぼろげながら洞察し、あえてそのことを黙って、ソリドゥスの計画に乗っかっていた。


 つまりアルジャンは、自身の能力の危うさに気付いているからこそ、気付いていないフリをしていた。


 この状況は、アルジャンの能力によって得られる洞察力というあやふやな存在を、ソリドゥスが読み違えたことによるものだ。


 嘘を付いて他者を欺くソリドゥスと、騙されたフリをして実はすべてを把握しているアルジャン。この二人がコンビを組んで、壮大な計画に当たっているのだが、それを認識しているのは、実はアルジャン唯一人だけであった。



「なるほどな。それはそれで興味深い話だ。放出するのは、その幸運とやらが舞い込んでからにした方がよいと?」



「殿下個人にとっては、それがよろしいかと思います」



 もし、幸運ももたらす効果が本物であるならば、それは恩恵を受ける当人には幸運と言えるかもしれない。


 しかし、それによって不幸になる者もいるのだ。


 現に、ザックの出世の糸口となった暴走馬の件も、一歩間違えばダリオンが死んでいたかもしれないのだ。


 あるいは、幸運をもたらすとは、誰かの運気を吸い取るかもしれないと、アルジャンは危惧していた。


 その吸い取られる対象が自分に来ないことを祈るばかりであった。



「よかろう。しばらくはエリザと言う“幸運の牝馬”を放逐せず、経過観察しろというわけだな?」



「はい。その間に、こちらもエリザさんの勉学に励まさせていただきます。もし、お気に召しましたら、そのまま雇用なさってください。客人として居座るよりも、働いている方がエリザさんも気が楽でしょうから」



「うむ、心に留め置こう」



 そう言うと、バナージュはそろそろ出かける時間だと言って、玄関の方へと歩いていった。


 こうして、アルジャンはソリドゥスの与り知らぬところで大幅な時間を稼ぐことに成功し、その計画に大きく寄与したのだが、アルジャンはそれを黙して語ることはなかった。


 道化師ピエロの演技を続けるためには、才能をひけらかすような真似は絶対してはならないのだ。


 無茶苦茶やっているように見えて、実は頭の回るあの御転婆なお嬢様に知られれば、そこから逆算して自分の【なんでも鑑定眼】の秘密にも勘付いていることを、勘付いてしまう可能性が高かった。


 あくまで従者、あくまで皮肉屋の道化師ピエロ。この居心地のよい、“嘘を付かないことを咎められない居場所”を維持するのに、アルジャンもまた気を遣っているのであった。



          ~ 第十六話に続く ~

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