第2話 “天賦《ギフト》”
「当然でしょ! 持っている能力を有効に使わなくてどうするのよ! そう、私の能力【なんでも鑑定眼】はめちゃ強いんだから! いずれ歴史に残る大商人になってみせるわ!」
どうだと言わんばかりのソリドゥスの雄叫びにも等しい言葉に、アルジャンはまたため息を吐いた。
「どうにかなりませんかね、その名前。
「こんにゃろう。言いたい放題ね。相手が私でなかったら、市中引き回しの上で、晒し首コースよ」
ソリドゥスは口だけは達者な従者を睨みつけるが、アルジャンは特に何も感じないのか、いつものように流してしまった。。
「しかし、お嬢様、なぜそうまでして、独立商人……、ご自身の店を持ちたいとお考えなのでしょうか?」
アルジャンとしては、そこが大いに引っかかるところであった。なにしろ、目の前の少女は大商会の支配人の娘である。その気になれば、支店の一つくらいは任されてもおかしくはないのだ。
にもかかわらず、ソリドゥスは支店などではなく、あくまで独立した自分の店を持つことに拘っていた。
十を過ぎてからその思いが強くなったのか、父親とは顔を合わす度に、出資しろだの、お金貸してだのと
特に、ここ最近は病的なまでに押しが強くなっていた。
そんな幼馴染の疑問に、ソリドゥスはスパッと答えた。
「理由はたった一つ。あたしの憧れであり、目標でもある、お爺様を超えたいからよ」
ソリドゥスの祖父は類稀なる商才を持っていた。当人が店を継いだ時、パシー商会はそれなりと言った程度の店でしかなかった。
しかし、祖父が若くして後を継ぎ、商会の差配するようになると店はたちまち繁盛し、ついには王宮の御用商人に選ばれるまでの大出世を遂げた。
その後も順調に商会は大きくなり、ソリドゥスが九歳の時に祖父は亡くなったのだが、その頃には国一番の商会と評されるまでに店は発展していた。
その偉大なる祖父の血を色濃く受け継いだソリドゥスとしては、自分の力でどこまでやれるか、自分の店を持って確かめてみたいのだ。
「それだと言うのに、お父様ったら、『そんなことをやっている暇があるなら、花嫁修業でもしていなさい』よ!? ひどくない!?」
「まあ、そろそろそういう年齢ですし、旦那様の言い分も当然でありましょう」
むしろ、上流階級のお嬢様で、十五になっても相手が決まっていないというのも珍しかった。大抵は許嫁などがいるものであるし、その手の話が一向に来ないと言うのは不思議でならなかった。
「かぁ~、この薄情者! それが未来の大商人ソリドゥス様に対しての言葉なの!?」
「予定は未定でございますよ、お嬢様。なにより、その絶対的な自信はどこから湧き出すのか、お教えいただければ幸いでございます」
「私には最強の“眼”がある! “
「華麗? ちょっと? “
実際、事情を知らぬ者が端から眺めていれば、先程の場面など、ケンカ腰に怒鳴り合っているようにしか見えなかった。
あれを交渉だ、商談だなどと言われても、アルジャンとしては困惑するより他なかった。
だが、強引極まるソリドゥスに対して、妹からの最大限の擁護が入った。
「でも、お姉様の能力ってすごいですよね。手で触れた物の鑑定を瞬時にできちゃうんだから! 贋作とか粗悪品を瞬時に見破れるってすごいです」
「う~ん、やっぱり持つべきは可愛い妹よね。口と性格が曲がってるどっかのバカとは大違い!」
ソリドゥスはデナリを抱きしめ、何度も頭も撫でまわした。デナリも嬉しいのか、笑顔が絶えることはなかった。
デナリの言う通り、ソリドゥスの“
先程の装飾品店での一幕も、指輪の状態を把握していたからこそできた芸当だ。相手の粗をほじくり出し、それを晒したうえで値切るという荒技に打って出たのだ。
結果としてそれが功を奏し、それなりに値切ることに成功したというわけだ。
「お嬢様、認識がズレております。俺は真っ直ぐな性格でして、曲がっておりませんよ。お嬢様自身がひねくれているので、俺の姿が曲がって見えるのでしょう」
「お~お~、言うわね。何を根拠に、私が曲がっているなんて抜かせるのかしら!?」
「少なくとも、何の実績もない十五歳の小娘が、『店開きたいから金貨千枚ほど融通して』などと面と向かって父親にぶちまける程度には曲がっているかと」
実際、その通りであった。
ソリドゥスは“
その催促とも嘆願とも取れる申し出は日に日に強くなっており、父親は元より、兄にまで頼む始末で、二人とも手を焼いていたのだ。
「だってさ、どうせ商会は兄様が継ぐんだし、私だって店持ちたいから、のれん分けくらいしてくれてもいじゃんか!」
「のれん分けとは、そもそも奉公人が大店の店主より認められて、新たに出店することなのですよ。何度も言いますが、実績がないお嬢様には縁のない話でございます」
「これから実績積むからいいの!」
「そんな博打に、金貨千枚も要求する方がおかしいです。旦那様の方が至極真っ当でございますよ」
二人の激しいやり取りには、側にいるデナリも苦笑いするしかなかったが、まあいつものことだし、と軽く流すことにした。
毎度破天荒な言動を繰り返すソリドゥス、超常識人で皮肉を交える抑え役のアルジャン、この二人が会話を交わすとだいたいこうなってしまうのは、近しい人間であれば誰でも知っていた。
とはいえ、毎度ケンカしていて、よく離れないなと思うことはよくある。特にデナリは姉が割と堪え性がないことを知っているので、その点では不思議に感じていた。
無論、これにはソリドゥスの思惑が働いていた。そう、これも“修行”の一環である、と。
実はソリドゥスは可愛い妹にも、出資を頼む父や兄にも、側に置いている幼馴染にも、“嘘”を付いているのだ。
ソリドゥスがついている嘘の内容、それは自身の異能である【なんでも鑑定眼】の効果範囲が、“物”だけでなく、“人”にも及ぶと言う点だ。
つまり、物と同じように、人にも触れただけでその人の本名、大まかな経歴、体格や持病について、果ては持っている“天賦”の内容まで、瞬時に把握してしまえるのだ。
神殿での洗礼後、能力が能力だけに、すぐに“
人の性質まで見極めれるとなると、洗礼後に能力の鑑定を頼む人間がひっきりなしにやって来ることが目に見えていた。そうなった場合、確実に神殿に囲われるのが目に見えているのだ。
それでは自由などどこにもないし、商人になって大成したいという自身の夢を叶えられなくなってしまうと判断したのだ。
「秘密と言うものは、秘してこそ価値が生まれる。秘密にしておく時期と、世に出す時期をよく考えるのだ。例え、相手が肉親や親友であっても例外はない」
この言葉がソリドゥスの脳裏によぎった。偉大にして敬愛する祖父の言葉であり、ソリドゥスはこれを即座に実行に移した。
神殿から自宅に戻ったソリドゥスは、早速自分の“
まったく晒さないのは能力不明と安く見られるし、全部晒すのは危険すぎる。そのため、一部だけを公表することをソリドゥスは選んだのだ。
当時十歳にしてこの思考であるが、祖父が亡くなるまでにできうる限りの教育を施したため、十歳児とは思えないほどに計算高く、狡すっからい性格になってしまったのだ。
披露した力は本物であったため、誰しもがソリドゥスの“
しかし、そこまでだった。
あくまで認められたのは“鑑定士”としての能力であって、“商人”としての実力ではなかったのだ。ゆえに鑑定の依頼は舞い込んでくるが、商人としての仕事はほとんどやったことがなかった。
ちなみに、ソリドゥスが先程支払った金銭も、鑑定士としての報酬である。商人として稼いだものではないのだ。
「博打って言うけどさ、アルジャン。人生みんな、博打みたいなものじゃない。確実に保証されるものなんて、どこにもないんだからさ」
「なるほど。では訂正いたします。分の悪い賭け、とね」
「あのさぁ……」
ああ言えばこう言う。アルジャンの持つ“
なお、アルジャンの“
洗礼後にアルジャンを“目利き”して得た情報だが、これも相当危険な能力だと判断した。
世の中、身分社会である。明確に階級や身分があり、財力、武力、出自などの物差しで測られ、比較され続けるのだ。
当然、下の者が上の者に対しての無礼な言動は厳禁である。折檻程度で済めばいいが、追放、悪くすれば死を賜ることも十分あり得るのだ。
そのため、下々の者は何か言いたいことがあっても、口を紡ぐか、気に障らない程度の遠回しに注意を促すのが普通の対応であった。
ガッチリはまった身分社会においては、“
ゆえに、嘘をつけないアルジャンは危うい。優れた洞察力から物事の本質を見抜き、それを平然と口にする。秘しておかねばならない場面においても、口を開いてしまう。
これほど危うい状態はないであろう。
寡黙な性格であればよかったのだが、アルジャンはそうではない。しかも、身分は庭師の息子というただの平民だ。貴族や富豪に言わなくていい事まで口にして、不興を買ったらどうなるのか、想像するのには難くない。
そこで、ソリドゥスは父に頼み込み、アルジャンを自分の下男とする道を選んだのだ。
もし、アルジャンが誰かに無礼な口を利いても、主人である自分が詫びればいいし、それで収まりが付く場面が増える。アルジャンの正論口撃に、自分が我慢すればいいだけだ。
そして、それをソリドゥスは修行の一環と捉えていた。
何かの本で読んだのだが、とある国の王様は自分の側近くに常に
その道化師は何か事あるごとに王を茶化したり、皮肉ったりしたのだ。当然、王は無礼な言動に怒ることもあるし、周囲の家臣もハラハラしたものだが、王はいつもそれに耐えた。
結果、王は常に冷静かつ客観的な視点を手にし、どんな苦境にあっても動じることのない鋼の精神力を手にしたのだと伝わっていた。
ソリドゥスはそれを真似て、アルジャンを側におくことにしたのだ。
なお、アルジャンは道化師と違ってユーモアの欠片もないため、ただの正論を吐き続けるだけであるが、そこは“幼馴染補正”でなんとか耐えることにしていた。
「まあ、いいわ。あなたの口の悪さは私が一番知っているんだし、大目に見てあげるわ」
「大目に見て上げるも何も、俺は間違ったことを一つも言っておりませんが?」
「内容は間違ってなくても、それを発する時と場所を選びなさいって事!」
口は達者であるし、洞察力に優れているというのも得難い資質ではあるが、周囲の空気を一切読まないというのは考えものであった。
とはいえ、これも修行の一環と考えるソリドゥスには、まだまだ耐えれる内容であった。
「まあまあ、ソル姉様、落ち着いてくださいな。折角の祭りなんですから」
「ええ、その通りだわ。やっぱりデナリはいい子よね。ずっと側に置いておいてあげるからね」
「はぁ~い♪」
甘えてくる妹を、ソリドゥスはまた撫でであげた。
ちなみに、デナリの“
デナリの能力は『文字を上手く書ける』と言うものであった。さりげなく筆達者な作家の描いた本を見せ、それを模写させてみると、その筆跡そのままに書き写してしまったのだ。
文字書きが上手くなる、これに加えて上手く書き写せると言った感じであり、ソリドゥスはデナリの能力を【複写の筆運び】と呼ぶようにしていた。
書記や代筆屋としては申し分ない能力であり、早めに抱えておくことにしたのだ。
「さて、そんじゃま、また散策の続きと行きましょうか。どこかに面白い見世物や、掘り出し物のお店でもないかしらね~」
「そうですね~、あ、ソル姉様! あそこ! あれはなんでございましょうか? 喧騒とは違う、なにか奇妙なざわめきのような感じがしてますよ」
デナリが指さす方向にソリドゥスが視線を向けると、確かに妙なざわめきを発している場所があった。人だかりができており、なにやら気になる雰囲気を出していた。
はてさて何があるのかと思い、三人がそちらの方へ足を運ぶと、とんでもない光景が飛び込んできた。
~ 第三話に続く ~
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