銃弾書店 不良警官大暴れ!

武州人也

うなる銃声! ニューナンブは本官のタマシイだ!

 寂れた商店街をぶらついて、足を運んだ雑居ビル。その一階には本屋が入っている。俺が子どもの頃からずっと続いてる本屋だけど、ビル自体が老朽化していて、正直いつまで持つかわからない。この辺もずいぶんと廃れちまったなぁ。

 本屋の軒先には、児童向けの雑誌や少年向けの漫画雑誌が積まれている。昔はよく漫画雑誌なんかを買って回し読みしたもんだなぁ……なんて過去を懐かしみながら、俺は自動ドアをくぐり、一階奥の料理本コーナーへと向かった。本屋独特のにおいにふわっと包まれて、何だか心地いい。

 

 この俺……中田なかた羽太介はたのすけは料理人をやっていて、今は乗馬クラブの食堂で料理長に就いている。一族には料理を生業としている者が多くて、両親は洋食屋オーナー、妹と従姉も社員食堂の料理長をやっている。


 今日の目当ては、東南アジア料理のレシピ本だ。食堂の日替わりメニューに淡水魚の料理を出そうと思っているんだが……その参考になりそうなのが東南アジア料理だ。ベトナムやタイなどの国では淡水魚の養殖が盛んだから、それらのレシピも充実しているだろう。


 本棚で東南アジア料理の本を探していると、突然「おい!」という荒っぽい声が聞こえた。声のした方を見ると……レジの若い男性店員に、茶髪オールバックの中年男が詰め寄っていた。


「ちょっとよぉ、俺の本全然売れてねぇじゃねぇかよ。どうしてくれんだよ。店長呼べ店長」


 ガラの悪そうな茶髪男は、店員にガンをつけながら声を荒げている。うわぁ最悪だ。なんなんだこの男は。


 ……ん? あのガラの悪い男、どこかで見たような……


「あれ黒犬埼くろいぬざきじゃない?」

「えー、今あんな感じなの?」

「そうなのよー。前に広告か何かで見たけど、すっかりガラ悪い感じになっちゃって」


 近くで二人の主婦が、ひそひそと話している。確かにあの男……二十年ぐらい前に有名になった俳優、黒犬埼雅夫まさおだ。甘いマスクで評判をさらい売れっ子になったものの、しばらくすると仕事も減り、テレビでめっきり見なくなった俳優だ。

 今の黒犬埼には、正直言ってあまりいいイメージはない。代替医療で有名な医師と組んで、怪しい食事健康法のインフルエンサーとなっている。うさんくさいことこの上ない。


 やがて、バックヤードから店長兼オーナーが出てきて、レジ前で黒犬埼と向かい合った。五十がらみの中年女性で、先代オーナーの娘だ。


「大事なゼニ切って自費出版してんだよコッチはよ。手書きポップなりなんなり作ってちゃんと宣伝しろよ」


 自費出版……確か、入口手前に平積みされていたハードカバーの本の表紙に「ガンが消える!」みたいなキャッチコピーとともに黒犬埼の顔が映っていた。

 なるほど……自費出版した本が売れなかったので、その責任を書店になすりつけようというわけか。体格のいい黒犬埼に、オーナーの方も気圧され気味だ。


「あ、あの、他のお客様の迷惑になりますので」

「そういう話してんじゃねぇよこっちはよ! 売れなかったせいでこっちは大損してんだよ! 賠償しろ賠償!」


 頭に血がのぼりすぎたのか、とうとう黒犬埼はオーナーの胸ぐらをつかんで引き寄せた。俺はオーナーの助太刀に出ようと、そっと長袖をまくった。もう五十二だが、腕っぷしではまだまだその辺の連中に負けない。お互いに素手なら、黒犬埼と取っ組み合いになっても勝てる自信がある。


 

 ……そのとき突然、聞き慣れない破裂音が一発、響き渡った。銃声だ!



「きゃあっ!」


 店中から、叫び声が上がった。俺自身も思わず「うおっ!」と叫んでしまった。


「暴行、および脅迫の現行犯で容疑者を射殺する!」


 その声とともに踏み込んできたのは、両手で拳銃を構えた男性警官だった。背丈は普通ながら筋肉質で、その目は血走っている。


「あ、あれは銃死松じゅうしまつ!」

「銃死松が来た! もうこの世の終わりだぁ!」


 店の客たちが、口々に騒いでいる。とんでもない男が、書店に来てしまった。


 銃死松じゅうしまつ酉我とりが……数年前、違法薬物の売買が行われていた不良高校に踏み込み、数十人を現場判断で殺害した恐ろしい警官だ。ついたあだ名は「死神」「県警の最終兵器」「湘南死刑執行人」「首狩りコマンドー」などなど……どれもこれもが恐ろしい。


「本官のニューナンブM60タマシイから逃げられると思うな!」


 その声とともに、二発目の銃声が響いた。店内は、すぐに騒然となった。


「うわあああっ!」


 黒犬埼はオーナーを銃死松の方に突き飛ばすと、恐怖に顔をひきつらせながらこっちに走ってきた。オーナーは途中で棚に頭をぶつけてしまい、そのまま二、三歩フラフラすると、レジカウンターに突っ伏した。


「こ、公務執行妨害! よって容疑者を現行犯で射殺する!」


 もう一発、銃声が響いた。さっき黒犬埼の話をしていた主婦のすぐ近くの床で、銃弾が跳ねた。危ない!


 東側の出入り口がになっているため、他の客たちは南側にあるもう一つの出入り口に殺到している。黒犬埼は棚に身を隠すように店の奥に逃げ込み、銃死松はそれを追い始めた。


「オーナーさん!」


 意を決して、俺はレジへと向かった。そこにはカウンターに突っ伏しているオーナーがいる。このままでは逃げ遅れて、流れ弾の餌食になってしまう。

 もちろん、流れ弾リスクはオーナーだけでなく俺自身にもある。それでも、思い出のあるこの書店を継いでくれた人を放ってはおけなかった。


 棚と棚の間を銃死松が通ったタイミングで、黒犬埼は棚に体当たりを仕掛けた。この男、かなりの怪力のようだ。体当たりで倒された棚に、銃死松は下敷きになってしまった。


 ――今のうちだっ!


「大丈夫ですか!?」


 素早く駆け出した俺はオーナーの傍に駆け寄り、耳元で声をかけた。オーナーはゆっくり頭を持ち上げ、両目を開けた。意識はあったようだ。


「早く逃げましょう!」

「え、ええ」


 倒された棚と散乱する本を見て、オーナーは非常時を悟ったようだ。俺はオーナーの体を抱えようとしたが……その小さな体は横からスッとひったくられた。黒犬埼だ。


 こいつ、オーナーを捕まえて人質にしていやがる!


「おい、県警の最終兵器だかナンだかしらねぇがこいつがどうなってもぐあっ!」


 俺の右腕は、自然と動いた。気づいたときには、黒犬埼の後頭部を力任せにぶん殴っていた。


 黒犬埼の手から離れたオーナーを連れて、俺は店のメイン出入り口から脱出した。その数秒後に、銃声が聞こえた。俺もオーナーも振り返ったが、何がどうなったかは見えなかった。


「……ハタくん、あんたもムリするのねぇ」

「ははは、情けは人の為ならずってもんよ」


 オーナー……箕作良子みつくりりょうこは、初恋の相手だった。もう四十年も昔のことだが、俺はこの人に想いを伝えて玉砕した過去がある。今は俺も彼女も別々の人と結婚し、それぞれの所帯をもっている。


「何買いにきたの? もしかして、昔みたいに漫画? 」

「レシピ本だよ。淡水魚の料理をメニューに加えたくてよ、東南アジア料理勉強しようと思ってんだ」

「へぇ、あんたんとこお邪魔したいねぇ」

「乗馬に来なよ。馬はいいもんだ。お子さんも楽しいと思うぞ」

「そうしたいのはやまやまだけど、うちの子受験なのよね」

「そっかぁ。そういや、ケガはないかい?」

「一応病院行こうかしら。あのチンピラみたいな男から治療費もらえるかねぇ」


 そう言って、良子はからっと笑った。

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