第32話 「人に良くする」とは?
「みんな人に良くするけんね」
昨日、ふらっと思い立って月見に出掛けた先で言われた言葉。
夕方6時を少し回った頃です。キッチンが空くのを待ちつつ、連載中の「Obscurity」を食卓テーブルで編集、校正している時にふと思いましたよ。
「今日、中秋の名月じゃね?」
月の出の時刻を確認すると、その時の4分後でした。
見に行くか? やめておくか?
「いや、見に行こう。月の出過ぎても問題ないし。絶対綺麗やし」
すると、職場で余った秋刀魚をおかずに夕食を食べ終えた同居人のM君も「あ、自分も行きます」と。
で、社名が入っていて目立ちすぎる私の軽トラではなく、M君の車で某海岸へ。
駐車場に着くと丁度月が遠く平戸の島影から顔を出したところ。まだ空も明るく、白い月でした。
砂浜まで降り、しばらく昇ってゆく月と、海に伸びてくる月への道を眺め「そろそろ帰ろうか」と、駐車場のM君の車へ向かって歩くこと数歩。
「素通りもなんやし、社長と奥さんに挨拶だけしていこう」
私はそう言って、海岸と駐車場の間にあるレストランの扉を開けました。
ええ、うちの社長の本業は料理人なんですね。というか、本当にこの島の人たちはよく働くしよく遊んでます。
いつも忙しそうなお店も、この日のお客さんは1組だけ。しかも島の人だったので、なんの気も使うことなく社長と奥さんに話しかけることが出来ますね。
「こんばんは。月見た帰りに挨拶だけしに顔見せました」
さて、「挨拶だけ」と強調して言った私ですが、奥さんはそんな私たちを帰しません。
「まだまだ。これからもっとキレイになるのに。それまで飲み物でも飲んでって。ご馳走様するから」
「え? もう充分キレイな月見られましたよ」と、遠回しに遠慮するも、向こうが
この時、シャワー前の私は社名の入った長袖シャツを着ており、シャワー並びに食事済のMくんは「恋人募集中」と胸にプリントされたTシャツ着用。2人揃って、海辺の雰囲気あるレストランに入るような姿ではありませんね。
さて、この後M君はそのTシャツになんのツッコミも受けない、触れられもしないという地獄を味わうわけですが、それはまあ置いておきましょう。
席に案内され「何でも好きな物飲んでね」と言われてクリームソーダを頼んだ私たち。
本物のクリームソーダ、久しぶりに飲みました。美味しかったよー。
フライドポテトも出して頂いて、ゆっくりと時間は過ぎてゆきます。
さて、そろそろ本格的な「夜」が訪れて暗くなってきた空。夕焼けと満月による第1部も終わり、満月と金色に煌めく海の第2部が始まった頃だろうと、思ったその時。
「おむすびとキムチライスどっちが良い?」
おっと、なんとここで食事を提供する気満々になった社長夫婦。
夕食がまだだった私は、夕食済のM君を気遣いおむすびにするか、あるいは凄く美味しいことを私の舌と胃袋が憶えているキムチライスにするか、0.05秒程悩みました。
「じゃあ、キムチライスで」
私はM君の性格上、私に追従してくると知りながら(実際にクリームソーダはそうだった)キムチライスを頼みました。自分の欲望のみの為に。
「あ、ボクもキムチライスで」
ほうら、ね。追従してきたよ。
私はこの時既に悟っていました。これでは終わらないと。
ご飯ものにはおかずが必要。絶対まだ何か出てくる。
「はい、唐揚げも食べてね」
来ました。子供からお年寄まで幅広い年齢層に支持される、柔らかくジューシーな鶏もも肉の唐揚げ。
最初にクリームソーダ飲んで、ラストに唐揚げ。
まあ、実際にラストに口に入ったのは、長時間テーブルの上に居座りがちなフライドポテトだったんですが。
食事も終わり、厨房の中にいた社長が店内で流れていた「マリーゴールド」を口ずさみながら、私たちが座るテーブルにやって来ました。
「お疲れぃ」と言われ「ご馳走様でした」という挨拶を交し、雑談タイム。
釣りの話になり、班長へイサキをお裾分けしたら、ウナギとおはぎになって返ってきたという話をしまして。で、タイトルです。冒頭のひと言です。
「みんな人に良くするけんね」
社長の口から出てきた言葉。
人に良くする、あるいは、人に善くする。
社長の言った「みんな」の中に社長自身は含まれていないニュアンスでしたが、社長も人に善くする方なのでその言葉には心からの同意の言葉で返させてもらいました。
だって、社長ってば昨晩の夕食だけではなく、「米は? 米はあるんか?」と、日常の米の提供まで。遠慮ではなく古米が好きな私は「まだ2俵残っている」という古米を頂くことに。ありがたや。
さて、これらの人に良くする、善くする行為。決して見返りを求めているものではないんですよね。「情けは人の為ならず」的な、後々自分自身の為になるという考えでもない。
映画「ペイ・フォワード」のような、あるいは善きサマリア人の法に近いものかも知れない。うん、そんな感じ。
誰かから受けた恩を他の誰かに回してゆく感じ。
この感覚が成り立つのは、ある種閉鎖された狭い「島」という空間で共同生活に近い日々を送っているから、なのかなー。
そんなことも考える時間を店内で過ごさせてもらった後、いよいよ外へ。もう、店内から見ただけでも海の輝きが、全ての煌めくものたちの見本のよう。
写真で伝わるかどうか。各種SNSにも載せましたが、近況ノートへも写真を上げています。
https://kakuyomu.jp/users/ukizm/news/16817330664521199863
さて、最後に私はこの人に善くするという行動が苦手であります。また、その行為に対するお礼の仕方も苦手であります。
この島で生きていたら、そのうち身に付くのかなぁ。無理に身に付けなきゃいけないものでもないのでしょうが。
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