第十一場 それぞれの旅立ち

 鬼を退治し、里に戻った翌朝。

 結局、ルサとミコトは旅のたもとを分かつことにした。

 ミコトは薄明の巫女の手掛かりを求めて、さらに西の国へ。

 そしてルサは、青月籠る国のかくれ里に残ることを決めた。


 ルサの中に、ミコトに対するむやみな競争意識はもうない。

 むしろ、薄明の巫女となるべき人に出会えたことに喜びを感じ、自分でも驚くほど心穏やかだった。

 けれど、だからこそ、自分だけの役目を見出さなければ気がすまなかった。 

 もしミコトと一緒に旅をすればルサは彼女の存在に甘えてしまい、互いの修行の妨げになってしまいそうだった。ミコトの足手まといにだけはなりたくなかった。


 鬼を憎む復讐の念だけで刃を振るっても、世界は救えない。

 また自分の憎しみに呑まれ、鬼と化すだけだ。

 今回の件でそれが身にしみて分かった。

 ミコトがいずれ薄明の巫女となるならば、自分は一体何をすべきか。

 自分だけの役目を見出したい。

 そうルサは願った。

 そこで思いだされたのか、仮絹の巫女ウズメの存在だった。

 霊力の力こそ、歩き巫女たるミコトやルサには遠く及ばないものの、強固な結界で里を護り、また遠く離れた鬼の存在も感知するウズメには学ぶことも多いはずだった。


「お願いします。ウズメさん。ルサに、修行をつけてください」


 鬼退治の顛末を語ったのち、地に膝をつき、巫女式の最敬礼でもってルサはウズメにそう頼みこんだ。

 盲目のウズメも、昨夜までのルサの声音と雰囲気が大きく異なることには気づき、驚いた。

 野生の猫のように近づく者を拒んでいた棘が取れ、気負っていた大きな荷が下りたような朗らかさが感じられた。

 だが、彼女なりに察するところがあったようだ。

 淡く微笑み、ルサの申し出に首を縦に振った。


「分かりました。歩き巫女様にご指導を施すなど怖れ多くもありますが、私も仮絹の巫女と呼ばれた身です。先祖代々受け継いだ術は、それがお役に立てることであれば全て余さずお教えいたします」

「あ、ありがとうございます!」


 ルサは再び最敬礼。


「えー、いいなぁ。ルサちゃんが残るなら、わたしもウズメさんに色々教えてほしいなー」


 うらやましがるミコトを諭したのは、サチミタマだった。


「ん。ルサにはルサの、ミコにはミコのはなすべきしめいがある。ミコはさきをいそぐべき」

「むー。サチがそういうなら、しょうがないかー」


 ルサの魂の従者たるアラミタマは、ただルサの決めた道に付き従うのみ、と傍らに控えたままでいた。

 サチミタマの言葉はミコトに向けたものだったが、ルサへの励ましともなった。


 ―――ルサにはルサの為すべき使命がある。


 それが何なのか、まだ明確にはルサ自身分からずにいた。

 ウズメに師事しようと考えたのも、具体的な目的があってのことではなかった。

 ただ、自分がいままでおろそかにしていたものを、里を護り続けてきたこの人なら教えてくれる。そんな気がしただけであった。

 そして、その何かを身につけた時、きっとミコトの力になれる。

 そんな予感があった。


 鬼を退治して早々に巫女が旅立ってしまうと聞いて慌てた里の者達も、ルサが残ると分かると諸手を挙げて喜んだ。

 なにも、絶世の美少女が里に滞在するのを歓び湧く助平心ばかりではない。


「いやぁ、よかった。これで仮絹の巫女様のお世話をしてくれる人ができて」

「身の回りのお世話をいくら申し出ても、一人で大丈夫、の一点張りでしたからなぁ」


 ささやき交わす村人の言葉を、ウズメは「これ」とやや気恥ずかしげにたしなめた。

 一方のルサは「教えを乞う師のお世話をするのは当然のことです。なんなりと申しつけてください!」とますます張り切りだす。


 なんとなくその雰囲気からはずれた、旅立つ側のミコトは、なおも名残惜しそうにしていた。

 鬼に苦しむ他の国の人々を救うべく出立するのは望むところだったが、せっかく出会ったもう一人の歩き巫女とすぐに別れてしまうのがためらわれた。

 だが、ミコトもルサの決意の固さは感じていたし、その意志は尊重したかった。

 しばしの間逡巡した後、自分自身の内で答えを出したように、うん、と一つ大きくうなずいた。


「じゃあ、ルサちゃん。次に会う時までに、これを預けるね」


 そう言ってミコトは、首から下げた東風玉を取り外し、ルサに差しだした。


「ミコ、それは……」


 普段無表情なサチミタマが珍しく、驚きに目を見開いた。


「何か持ち主に災いが降ってきたりしそうになったら、知らせてくれる霊具なんだ。だから、これがきっとルサちゃんのこと守ってくれると思う」

「で、でも大切なものなのでは……?」


 ミコトはあえて、東風玉の仔細は語らなかった。

 しかし、だらしなく巫女装束を脱ぎ散らかしていた時も、肌身離さず持っていた品だ。

 それに滅多に見せないサチミタマの驚きの表情だ。

 ルサにもなんとなく、それが誰かとの思い出の品なのではないか、ということは察せられた。


「うーん、まあ、大切ではあるけど。ルサちゃんと生きてまた会えることの方が大切だから。だから、修行を終えたらこれを渡しに会いにきて」


 さっきまで逡巡していたのが嘘のように、ミコトの顔は晴れやかだった。


「じゃあ、元気で。またね!」


 東風玉を渡すと、思い残すことはもうない、とばかりに身をひるがえし、駆け足に近い軽やかな足取りで里を出でた。


「あ―――」


 ルサは思わず手を伸ばすが、ミコトはもう後ろを振り返ることなく駆けていってしまう。

 自分で決めた別々の道ながら、ルサの胸に寂しさが不意に胸に込み上げた。

 ルサは東風玉を両手で包み、胸に押し抱いた。

 すると、あたたかな想いが持ち主を包みこむような霊力を感じる。

 贈り主がミコトの身を案じて作ったものであるのが分かった。

 そしてまた、これをルサに託したミコトの真意にも気づいた。

 その身を案じ無事を願う想いで作られた東風玉。

 それを渡すことで、どれだけミコトがルサのことを大切に想っているのかを伝えてくれた。

 いわば、想いのバトンであった。


「約束します。ルサは必ず生きて、お役に立てるようになって、これをお返しします」


 里の者が手を振り、ミコトの背を送る。

 ルサもまた、そのあっという間に小さくなっていく巫女装束をいつまでも見つめていた。

 雲間から陽が差し、東風玉が蒼穹色にきらりと輝いた。

 ルサにはそれが、ミコトが明るくうなずき返してくれたように思えた。


「―――ミコト姐様ねえさま

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