天城ミコト修行中!
倉名まさ
第一章 霧の森と旅立ち
第一場 秀才の苦悩
彼は、自分が世界を救うような英雄にはなれない、と幼い頃から悟っていた。
男の子なら誰もが一度は憧れる英雄譚の主人公に一度は彼も焦がれた。
だが、同時代の少年達よりもずっとはやく、夢から醒めてしまった。
頭脳明晰ゆえに、自分の器の限界をはやくも予見してしまっていた。
天賦の才としてたぐいまれなる霊感を持って生まれた彼は、当然のごとく国内一の神殿に入れられた。
だが、真面目に神官の修行にはげみながらも、その先の目標を見出せずにいた。
努力を続ければ、もしかすれば神殿の長老格くらいにはなれるかもしれない。
だが、それがなんになるのか。
自分はこの世界の東の果ての小国で、一神官として一生を終えるのだろうか。
祖父の代から変わらず、きっと孫の代になっても同じような営みを繰り返す単調な神殿の日々。
そんなものが自分の人生なのか。
自分はなんのために生まれてきたのか。
心から、自分の生涯をかけられるような使命は存在しないのだろうか。
絵巻物にあるような心躍るような冒険は自分とは無縁なのだろうか。
なにか、なにかないのか……。
真面目な彼は自分の苦悩を決して表には出さず、ひとり煩悶としていた。
そんな彼の価値観に、大きな転機が訪れる。
神殿に孤児の赤ん坊が預けられたことによって。
神殿の長である大巫女は、一寸のためらいもなく断言した。
この幼子こそ神殿が長年待ち望んでいた「運命の子」である、と。
普段質素な暮らしに慣れている神殿の者達が、たった一人の赤子を囲み、互いに手を取り合い、大声で笑い、子どものように浮かれ騒いだ日のことを、彼は忘れはしないだろう。
あまり表には出さなかったが、その中でも彼の歓びはひとしおだった。
生まれてはじめて、彼は生きる明確な目的を見出した。
彼女のために命のすべてを捧げよう、心にそう固く誓った。
自分は英雄となる器ではない。
では、世界を救うような英雄はこの世に存在しないのか。
否。
彼女こそ、自分が憧れていた存在そのものだ。
そう確信できた。
夢を諦めるのではなく、自分の夢を彼女の幸福へと変えよう。
その日から、彼が夜な夜な、生まれた意味に思い悩むことはなくなった。
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