第2話 状況を把握。少し冷静になりました。
「遠慮するな」
「しっ、しますよ! ――それに、こんなところに隠れていてはお互いにマズイと思いませんか? パーティですけど、業務中でもあるんですよ」
そう、今は創業十五周年を迎えた我が社の記念パーティの最中なのである。
中途採用ながら取締役として活躍する彼は、もはやこの会社には欠かせない存在であり、このパーティでも重要な仕事が与えられているはずなのだ。途中で退室するなど、よほどのことがない限り許されない立場である。
「君は真面目だな。そういうところも、好いているんだが」
つぶやくように告げて、彼は私の額に口づけを落とす。
ん? キスされた? おでこだけど。いやいや、勘違いだよね、さすがに。
はい、気を取り直して。この状況を脱して、パーティ会場に戻らないと。私にだって仕事はあるのだ。
「そ、その好いてるってのは、仕事上好ましく思っているってことでしょう? 恋愛とは違うじゃないですか」
「仕事中の姿も好きだというだけさ」
「何をおっしゃってるのかわかりませんね。だいたい、あなたと私、仕事でしか接点はないでしょう? そりゃあウチの会社は交流を兼ねたイベントが多いと思いますけど、全部業務ですからね!」
営業主体の会社なので、内部外部の交流は頻繁に行なっている。バーベキューとかスキーとか、こうしたパーティとか、とにかく毎月のようにイベントがある。
私は立場上その全てに出席しており、彼もまた同様に出席しているので顔を合わせる頻度が高いのは間違いない。その上で座席が近くに設定されていることも多いから、雑談をする機会も確かにあったのではあるのだけれど。
彼がジムに通ってるって話も、そういう場で聞いたんだったっけ。
私はため息をひとつついて、上体を少し起こした。
やっと冷静さを取り戻してきた。
彼のために用意していた部屋に連れ込まれた段階で素に戻ってしまって恐慌状態になってしまったけれど、仕事中なのだと強く意識すれば武装モードに切り替わる。隙を与えない強気の私。こうでもしなければ、会社の代表なんて務まるわけがなかった。
シャキッとしなさい、私! 相手は焦がれる彼だけど、ここで醜態を晒すわけにはいかないの。
「――さあ、じゃれあいはこの程度にして、お互い仕事に戻りましょう? 今戻れば、話のついでにお手洗いに寄っていただけだと思われるでしょうし。遅くなるのは得策ではないと思います」
「おいおい。本当にこれで終わりだって? これからがお楽しみだろうに」
「私があのような発言をしたから、少しからかってみたくなったのでしょう? 引き合いに出したことは謝ります。社内向けのインタビューとはいえ、軽率な発言でした。訂正のしらせを入れますので、ここはどうぞご容赦ください」
お仕事モードの低めのきりりとした声で噛まずに言えたことは褒めたいところだ。
やれやれ……てっきり説教されるのかと思っていたんだけどな……
彼がどうしてこんな強引なことをしてきたのか、やっと思い至った。私が煽ったからだと彼は説明したが、確かにそう受け取られても仕方がない発言をしている。そういう意図はなかったのだけれど、文脈が悪かった。これは誤算だ。
アクセサリーの位置を触って確認する。問題はなさそうだ。
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