僕と、恋から始めないか?
一花カナウ・ただふみ
第1話 ホテルで意中の相手に押し倒されたようです……?
ホテルの天井がやたらと高い。ベッドに横になって見上げているのだから、その分だけ天井が遠いのは当然だろうし、そもそもこの部屋がお値段のはるお部屋なので天井が余計に高いのだろうけれど。
なんでこんなことになってしまったんだろう。
いや、まあ、彼に対して下心があったことは認めよう。肌に触れられても怖くない、むしろ積極的に触れてほしいだなんて久し振りに思えた相手だ。その思いは充分に下心であろう。
そもそも最後にシたのって学生時代が最後だったし、それも十年以上前の話でしょ? 学生時代の先輩を最後に、仕事が激務過ぎてカレシなんてずっとできなかったし、ワンナイトラブを楽しむような行動力なんてなかったし、なんなら職場と自宅の往復で生活はいっぱいいっぱいだったから余裕なんてない。多少は他人の肌の温もりが恋しい気持ちにはなったけど、そんなもんなわけで。
だいたい、そういうのにいい思い出なんてないのよ。あんなの独りよがりの自己満足で、私を相手にしないで玩具で充分じゃん。
だから、彼を素敵だと感じていても、肌を重ねるのとは違うって思った。素敵なのは外見もそうだし声もそうだし、仕事に対する姿勢やスマートさも含まれていたから、ただの憧れだったはずなのだ。
そう、だから勘違い。憧憬を恋愛だと錯覚しているやつ。
まあ、必ずエッチをしないといけないようなシチュエーションで誰かを絶対に選ばねばならないのであれば、真っ先に彼の名を挙げただろうとは思う。状況を飲み込むのが早いし、ふだんから頼りになるし、私を見ながら優しくしてくれそうだから。実際は知らないけど、夢を見るくらいならいいじゃない。
うう……なんか支離滅裂になってきた。
とにかく、よくない。絶対によくない。
いや、彼は冗談でベッドに押し倒してくるような男じゃないよ。酔った勢いなら、三十半ばの私でもそれなりに歳下だから魅力的に見えて魔がさしたってのはあるかもしれない。
だけど、なんとお互いにシラフなんだな、これが!
「――おや、さっきまでの威勢はどうした?」
天井との間に入り込んできた彼は、私を見下ろしながら薄く笑う。大人の余裕。その余裕を横に置くとしても、色気がすごくてもうクラクラなんですが。
「威勢……っていうか、その、なんといいますか、状況が……わからないんですが」
「わからない、だって? 好いている相手からあんなふうに煽られたら、僕だってその気になるってもんだ。君が相手をしてくれるんだろう?」
そう尋ねながら、彼はネクタイを片手で緩めた。
わぁ、そういう仕草が様になりますね! 私よりひと回りは歳上だと聞いていましたけど、夜のほうも現役バリバリな感じじゃあないですか! 想定外です、想定外! 実年齢より見た目も声も若いなあって思っていましたが、なんかもう、ダメです! そういうのはダメです!
「あ、相手とか、そういうつもりはなくって」
「ほう?」
私は焦って、はだけた彼の胸元を隠すようにワイシャツに手を伸ばす。すると彼は私の手首を掴んで自身の胸元に当てた。
って、あっ、すごくいい胸をしていらっしゃいますね? ジムに通ってるってお聞きしていましたけど、こんなに筋肉がしっかりしてるなんて、すごいですね? この身体を見せたい相手がいたのかしら?
「好きに触るといい。直でも構わん」
「あ、いえ、そういうつもりで伸ばしたわけでは……」
「君が触れた分だけ、僕も君に触るとしよう」
「じゃあ、なおさら結構です!」
手を引っ込める。だまされた。私に触れる口実を与えてしまったのは失態である。
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