第11話 怠惰卿、冬に告げる。
パチパチと弾ける暖炉の火。
照らされるは、二人の権力者の影。
片方は鼠色のローブを纏い、背の曲がった、穢れた血……ネズミの老獣人。
もう片方は、金の髪、青い瞳の美少年。
冷ややかに見つめる美少年に対し、獣人が重々しく口を開く。
「わたくしどもに……死ねと、そげん仰っとるのですか?」
「言ってないです」
俺です。言ってないです。
ニュート・ホルン・マクスウェルです。
そんな物騒な事は言ってません。ほらじいちゃん、横のケモミミメイドズぷるぷるしてるから。重く言わないでヘイ。
「同じ意味ですたい! 吹雪の中、この館に務めるってぇなると……地上に溢れかえるアンデッドと殺し合えっちゅう意味でしょう!」
「えー……」
否定できないのが問題である。
複雑な話の流れはこうだ。
アンデッドやべー → 折角だし獣人にまもってもらお ←今ここ。
複雑でもなんでもなかった。
否定できないどころかその通りの事言ってるな、俺。
このネズミ長老。やりおる。
「金なら出すぞ!」
くらえ! クズ貴族ムーブ!
「金などあっても、こげん都じゃ使い道がなかとです!」
残念、効果はないようだ。
「……名誉だとかなんだとかも効果ないんだろうなぁ」
「はい。申し訳なかとですが……ニュート様。奴隷商の元から放ってくれた件には一同感謝しております。が、戦働きとなると……」
ヴェルヴェルク領の獣人は、十五年前の戦争を切っ掛けに居ついた連中だ。
戦争の果てに敵地に取り残されて、奴隷商に狙われる。
いくら相手がアンデッドとはいえ、戦争系はもう嫌なのだろう。
ごもっとも。
え、俺これ相手に強要しようとしてんの?
クズ貴族じゃん。
単に働かないクズよりクズだよこれ。
「……死ぬことは無いと思うがなぁ」
そこまで言うなら諦めて帰ってもらうか。
この廃墟だらけの都でどうやって冬を越すのか分からんが、まぁこの長老もアテがあるんだろう。ネズミだし下水道とか知ってるのかもしれん。
説得するのもめんどくさいし。
「今、なんと?」
寝ようかと考えた所で、ネズミ長老がなんか聞いて来た。
「あ?」
「死ぬことは無いと仰りましたが……ニュート様。何か秘策でも?」
「秘策……って程じゃないが」
俺には信頼できる家臣がいるのである。
「治療の魔法を覚えてる騎士がいてな」
「魔法……!」
獣人には魔法とかねぇのかな。
貴族パワーでさんざん劇とか観てきたけど、あれもホルン王国モノで偏ってるからよく分かんねぇんだよな。
世界は広い。
調べるのはめんどい。
「俺は戦とかアンデッド退治には詳しくないけど、役立ちそうじゃん?」
耳奥の三半規管までちょちょいって治せる魔法だ。
よく分からんが、複雑な傷を治す事もできるだろう。多分。
確証も無くしゃべるのが悪いクセだな。
「そもそも、戦えとは言ってない。冬ごもりのお誘いだ。
館が気に入らないでっせオレらにはもっとあったけぇお家があるんでさぁへっへっへとか言うなら別に無理に引き留めるつもりは……」
「魔法の凄まじさは、わたくしどもも心得ております。先の戦ではよぉ苦しめられました」
人の話を切るな、長老。
「……女子供には血を見せないと、そう約束してくださりますか」
ヘヴィ。
ネズミ長老、おじいちゃんなのに目が怖いんだよな。
ネズミって可愛いイメージあるけどさ、雰囲気がぎらついたドブネズミとか鉄鼠とかそっち方面なんだよ。
にらまないでほしい。
「約束、かぁ」
溜息が出る。余計長老がにらむ。怖い。
「……できる? バケツ頭騎士団長?」
俺は暖炉の向こうの闇に声を投げる。
すれば、がっしゃんがっしゃんと全身鎧の音がして、バケツ頭が出てくる。
長老が肩をすくめた。
「騎士というのは、わたくしどもを穢れた血と罵ったその娘ですか……」
俺でもそういう反応になるよね。
これ以上説得しようとするのも面倒だし、放置で良い気がしてきた。
「拝命いたしました。殿下」
ほぇ。
「父、ギュスターブ・バケルトの名に懸けて。
私ヴェルヴェルク領騎士団初代、しょ・だ・い! 騎士団長ジャス……」
「長い」
「名前を言わせてください殿下!」
「……信じてもよろしいのでしょうか?」
ネズミ長老不安そう。
うん。俺も不安。
バケツ頭、急に元気になるじゃん。可愛いから良いけどさ。
「信じられるだとか頼られるだとか、そんなのは面倒だ」
ネズミ長老はどうにも、バケツ頭+俺を信じられるか、みたいな語調だったので、明言しておく。
「嫌になったら逃げろ」
前世で散々煽られたもんだ。
「イラついたら俺を殺せ」
期待してたのに、だとか期待外れだ、とか。あんなに努力したのに、とか。
「それが一番……面倒がないだろ?」
ま、最後のは俺の私怨だが。
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