水無月    毛刈り

「アマネ殿、その、禍々まがまがしいものは」


 私が取り出した大きなはさみに、クサブキさんは思い切り顔をしかめた。


「アルパカの、毛刈りをします」

 

 私の宣言に、クサブキさんの渋面はますます深くなる。

 

 


 アルパカは、もともと毛を使うことを目的に飼育される、家畜だ。年に1度は毛刈りをしてやらないと、毛が伸び続けて大変だし、病気になったりもするらしい。

 日本の動物園などでは、暑くなる前の5月から6月に、毛刈りをするのが通常のようだ。


 もちろん私には、アルパカはおろか、羊も犬も、動物の毛を刈った経験はない。

 色々調べたが、できれば、家畜用の電動バリカンが欲しいところだった。しかし、さすがにシホウに電化製品を持ち込むことにはためらいがある。もし、電動の道具を使うなら、発電機も必要だ。

 手動で刈るしかないな。これが、私の判断だった。



「……これは……」


 クサブキさんが絶句する。

 アルパカの毛刈りの必要性、方法、毛刈り後の画像など、私はいつものように収集してきた情報を、クサブキさんに披露していた。

 彼の気持ちは、私にも痛いほどわかる。毛刈りそのものの大変さも想像ができるが、なにより、アルパカの、毛刈り後の絵面えづらは、相当衝撃的だ。

 

「これを、我らが、為さねばならぬのか……」

 クサブキさんは頭を抱え、苦悶の表情を浮かべている。

 

「……始めましょう」


 私は、おごそかに宣言する。

 深夜の格闘が始まった。




 アルパカそのものは、クサブキさんが半分眠らせて、暴れたりすることはなかった。

 しかし、やはり、素人にこのレベルの毛刈りは相当難しい。恐る恐るやっているので、全く作業が進まない。

 結局、数時間かけて、「半刈り」ぐらいまでしか進まなかった。二人とも、白い毛まみれだ。


「次は、満月の夜に行おう」


 クサブキさんが、ぐったりとつぶやく。一人で続きを行う気力はないらしい。

 私は座り込み、しみじみと、白いふわふわした毛があちこちに飛び散ったアンデスの草原(を模した日本の山の中)と、無様ぶざまな半刈りにされたアルパカを眺める。


 ふいにおかしさがこみ上げて、そこから、私の笑いは止まらなくなる。


「アマネ殿……」

 初めは抗議するように声を上げたクサブキさんだったが、ついには一緒に笑い出した。


 6月の新月の夜、私たちは、涙を流して笑い転げながら、夜明けの別れを迎えた。





「これは、何かに用立てることは、できるのだろうか」


 新月の夜、満月の夜と、6月の二晩をかけてやっとの思いで刈り取ったアルパカの毛は、かなりの量になった。


「本来は、高級な毛織物になるみたいです。でも、私たちの刈り方では、あまり良い毛糸はできないでしょうね……」

 

 体の部位によっても、毛の質感やランクが違うらしいのだが、そんなことに構っている余裕は、もちろんなかった。


「大丈夫、私に、考えがあります」

 私は、いつものノートを取り出す。

「ニードルフェルト、という手芸なんですが……」

「ニード……」

 相変わらず、カタカナ語の苦手なクサブキさんが、微妙な顔で黙ったが、流してあげることにする。


「このようなものがあるのだな」

 ニードルフェルトについて、図付きで説明すると、クサブキさんは感心しきりな様子だった。

「まず、毛を清浄にせねばならないな。それは、次の新月までに、私が行っておこう……」


 言いながら目を上げたクサブキさんが、ふいに固まりぷるぷると震え出す。

 視線の先には、毛刈り後のアルパカ。

 そのクサブキさんを見ているだけで、私ももう、耐えられない。


 二人がアルパカの新ビジュアルに慣れるまでは、もうしばらくかかったのだった。

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