龍河国呪術物語~最恐の呪術師~

渋川宙

第1話 蒼礼

 その昔、大陸の中ほどにその国はあった。

 唯一無二の皇帝が治める国、龍河国りゅうがこく

 しかし、その国の名前が定まったのは、これから語られることがあった十年前のこと。

 それまでは戦乱が続き、腕に覚えのある武将が天下統一を目指して入り乱れる、百家争鳴の世の中だった。

 そんな中、現在の龍河国の皇帝・龍統りゅうとうがある秘策を放ち天下統一を決定づける。

 それは戦場への呪術師の投入だった。

 精鋭部隊である彼らは『奏呪そうじゅ』と呼ばれ、あらゆる術を駆使して、時には的の精神を破壊し、時には直接血祭りに上げ、殺戮の限りを尽くした。

 そんな奏呪にあって、飛び抜けて殺しの呪術が得意な男がいた。

 部隊での名を、奏翼そうよくという。

 まだ十代のその男は、まるで感情が欠けているかのごとく、多くの人間を殺していった。

 やがて戦乱が終わり、内部の揉め事も平らげられると、男は自らの活躍の場がなくなったこと、そして秘密を知りすぎていることを悟り、中央の都から忽然と姿を消したのだった。




 龍河国北部、龍頭りゅうず地方のとある田舎町。

 貧相な商店が建ち並ぶ通りを、すたすたと大きな頭陀袋を担いで歩く男がいた。見た目は若々しいが、その若さにそぐわぬ鋭い目つきと雰囲気を持つ男だ。

 服装は粗末だが、汚れた様子はない。身なりも悪いわけではない。しかし、どこか常人ではない雰囲気を醸し出している。

 そのせいか、町の誰もがその男を遠巻きに見、決して近づこうとはしない。町に来ることは認めているが、深く関わろうとは思っていないのは明らかだった。

 やがて、男はある一軒の雑穀店へと入る。

 ここは唯一、この男と直接口を利く店だ。男はそこで必要な物を揃えることにしている。

「届け物だ。代わりに麦と大豆をくれ」

 ぶっきらぼうな声でそう言うと、男は頭陀袋を店先に置く。すると、すぐに店主の親父、五十過ぎの痩せた男の安健あんけんが出てきた。

「やあ、蒼礼そうれいさん。今日は随分と多いね」

 安健は頭陀袋の中身を確認して、少し驚いた。山深くにしか生えない薬草や山菜を採ってきてもらう約束だったが、予想以上に多い。

「たまたまだ。それより、今日は麦と大豆をくれ」

「それだけでいいのかい。これだけあったら他にも奮発するよ」

 安健がにこにこと申し出るが、蒼礼はむすっとした顔のままだ。さらに早くしてくれとばかりに手を振る。

「蒼礼さんさ。ここに来て随分になるじゃないか。いくら山住まいとはいえ、もうちょっとさあ」

 そんなぶっきらぼうな蒼礼に、安健は何かとお節介を焼こうとする。こうして取り引きをしていて思うのだが、仕事は正確だし素早い。薬草などは直接薬種店と取り引きした方が儲けも多いはずだ。

 たまたま麦が欲しくて声を掛けたこの穀物店に拘る必要はない。そう安健は常々思っている。

「採ってこいとの依頼はあるか?」

 しかし、蒼礼は面倒だとばかりに安健に仲介を頼み、自分では直接取引をしようとしない。薬草の知識も確かなことから、それなりに学があるのは間違いないというのにだ。

「一応あるが」

 薬種店から預かっていた、薬草の名前が書かれた木札を渡すと、蒼礼はこくりと頷く。ちゃんと文字も読めるのだ。この国の識字率はそれほど高くない。これだけでも食いっぱぐれることはないほどだ。

「解った」

 しかし、それだけ言うと、蒼礼は安健が多めに詰めた麦と大豆を持って帰っていく。もっと稼ごうとか、いい暮らしをしようだとかいう気力がないかのようだ。

「相変わらずだねえ」

 それまで奥に引っ込んでいた安健の妻、桃花とうかが顔を覗かせてそう言う。その顔は今までいた蒼礼が迷惑だとばかりに顔が険しい。

「お前がそういう顔をするから」

 そんな顔を見つけて安健が注意するが

「だって、お前さん。ちゃんとお代の分の薬草やら山菜をくれるから取り引きしているけど、危ない奴に決まっているよ。文字が読めて学のある男が、好き好んで山ん中に住んだりするかい? ありゃあ、よっぽどのことがあって中央にいられなくなったに決まってんだよ」

 と鼻を鳴らして言う。

「それは」

 安健もそれは気づいているし、そうだろうと思っている。しかし、ここでは悪い奴ではないのだ。あえて村八分のような扱いを受け続けなくても良いだろうと思っている。

「あんたも、あんまり関わりすぎないでよ。いつか役人が来て、あの人をしょっ引いて行くに決まってんだ」

 だが、この桃花の言葉が村の人たちの共通意見であることは間違いなかった。

 安健はもう遠くなった蒼礼の背中を見て、小さく溜め息を吐くのだった。




 蒼礼は自分がどう思われているかよく解っている。

 そして、町の人たちが想像するそのほとんどが合っていることも知っている。

「どうせ人間らしく生きたことなんてないんだ。隠れて静かに暮らせているだけでも、十分すぎるほどだ」

 蒼礼は山道に入ったところで、思わずそう呟いてしまう。

 今の生活でさえ、許せるものではないと思う者は多いだろう。どうしてお前は生きているんだと思っている者も多いだろう。

 それは当然だと蒼礼も思う。しかし、どうにも死ぬ踏ん切りが付かないから、こうして細々と生きている。特に自分の身体に大きな秘密を抱えているとなれば、そう簡単に死んでいいのかも解らない。

「俺はなぜ生きている?」

 思わず問い掛けても、答えてくれる人も、答えを知っている人もいない。蒼礼はまた黙々と歩き出す。だが

「っつ」

 何かが聞こえて立ち止まった。辺りを見回し、集中して聞き耳を立てると

「きゃあああ」

 女の悲鳴が聞こえた。

 厄介だな。そう思ったが、無視するのも寝覚めが悪い。蒼礼はそちらに足を向けた。

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