第3話 平穏な日常
いずれにしても、よく言うのであればば不思議な子供。悪く言うのであれば気味の悪い子供だ。マナリナはそう結論づけた。
お父さんは少しだけいい男に見えないこともないのだけれどもね。
マナリナは心の中で呟く。
背も高いし剣を常に持っているから、やはり傭兵崩れなのだろうか。どこか危険な匂いがするのもマナリナの好みだった。
そこまで考えて、マナリナはミアが硝子玉のような瞳で自分を見ていることに気がついた。今の思いを見透かされたような気がしてマナリナは少しだけ狼狽する。
それを取り繕うようにしてマナリナは口を開いた。
「さあ、そろそろお昼にしようか」
努めて明るく言ったつもりのマナリナだったが、ミアはそれに無表情で頷いただけだった。
深い溜息と共にマナリナは寝台の上に倒れ込んだ。宿屋にある一室。それがマナリナの部屋だった。深い溜息は別に仕事で疲れたからではない。
今日も一日、何事もなく終わった。
それによる溜息だった。
一日が何事もなく終わった。確かに今日は、あの変な娘と少しだけ関わることになった。だけれども、それによってマナリナの日常に波風が立ったわけではなかった。
平穏な日常。だが、それを自分は望んでいたのではなかったのか。だから、結果としてこの街に流れ着いたのではなかったのか。
マナリナは自問する。
あの時、平穏な日常を望んでいたのは間違いなかった。何もかもが嫌になって、自分自身も消して失くしてしまいたい。そんな気持ちのはずだった。
しかし、こうして望んでいたはずの平穏が続くと、それはマナリナにとって退屈な日々の連続でしかなかった。
マナリナは横たわったままで、灰色の髪の毛を掻き上げた。歳も今年二十九歳となり、決して若いわけではない。
私はこのまま年老いて死んでいくだけなのだろうか。平穏でしかない日常をただただ繰り返して死んでいくだけなのだろうか。
マナリナの中でそんな言葉が持ち上がってくる。
いや、違うのだろうとマナリナは思う。そう考えてしまうこと自体が間違っているのだろうと。自分はこの日々を望んでいたはずだ。ならば、これでいいはずなのだから。
そう考えて何度となく打ち消しても、今の退屈な日々に対して反発する感情が生まれてくるのだった。
マナリナはそんな遣り切れない思いを抱えながら、その夜は眠りについたのだった。
その日、昼食を取るためにマナリナは宿屋を出て、通りを賑やかな方へと歩いていた。こうしてお昼の時だけマナリナは外に出るのだった。それ以外はほぼ宿屋にいるといっても過言ではない。
友達もいないし話す相手と言えば、宿屋のお客を除けば宿屋を経営している老夫婦だけだった。
何せ自分の部屋が宿屋にあるぐらいなのだから。宿屋だけの閉ざされたかのような世界。それが今、マナリナがいる世界であり全てだと言ってもよいのかもしれなかった。
安寧で平穏な世界。それを望んでいたはずなのに慣れてしまえば、いつの頃からか物足りなさを感じてしまう。それが今のマナリナだった。
さて、今日は何を食べようかな。
暗澹たる気分を払拭するようにマナリナがそう考えた時だった。
「おい、マナリナ、マナリナだよな?」
マナリナの背後から聞き覚えのある声がする。瞬時にマナリナの血の気が下がった。このまま逃げ出そうかとも思ったが、どうせ追いかけられて捕まえられるに決まっている。即座にそう思い直してマナリナはゆっくりと振り返り、声の主に黒色の瞳を向けた。
その視線の先には三十歳半ばに見える男の姿があった。一瞬の見かけだけは、まつ毛も長くて女性かと思うかのような優男だ。だが、腰には物騒な長剣があって、醸し出している雰囲気からも真っ当な人間には見えなかった。その様子は二年前と少しも変わることはないようだった。
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