悪役令嬢は引きこもりたい!

竹冬 ハジメ

第1話 思い出す

「うぇっぷ」

 目が覚めた時に感じたのは胸焼けだった。

(なんで?)

 首を回してみると、周囲の変化に気がついた。

 私は病室にいたはずだ。それも6人部屋の。

 それが、1人部屋になっている。

 というか、室内の内装が病院ではなくなっていた。

 金色の花と蔦が絡んだ白い壁紙に、白地に縁取りが金色のタンスにクローゼット。

 勉強机と椅子も置いてある。

 絨毯に至っては落ち着いた緑色で、やっぱりこちらも金の縁取りがあった。

「どこ、ここ…」

 家族が死に行く私を想って最期を迎える場所を変えた、とは考えにくい。

 私の貯金を切り崩して入院費にあててたとはいえ、最後の方はけっこうギリギリだった。

 母が「そういう事は気にせずに治す事に専念しなさい」と言っていたけど、どうやらお迎えが来てしまったようだ。

 と、思ったのは…たった今見た自分の手が、自分の手ではなかったから。

 ふくふくとした子供の手。

 生まれ変わったのだろうか。

(ちょっと…いやかなり?まんまるのような)

 私は起き上がろうとして、ひっくり返った。

「んっ?」

 両手を左右について、もう一度ゆっくりと起き上がろうとすれば、腹肉が邪魔をしていたことに気がつく。

(いやいや、なんなのこれ)

 病床にいた私の体重は40キロを切ってたから、これはありえない。

「ふっ…このっ!?…えいっ!!」

 柔らかい布団の中をゴロンゴロンしながら勢いをつけて起き上がり、そして背の高いベッドにしがみつきながら、つま先を下ろしてなんとか下りる。

 幸い、大きなクローゼットの横の壁にこれまた大きな鏡がある。

 金の蔦で縁を装飾されたその鏡の前に立った私は、愕然とした。

「え??」

 とんでもなく…その…太ってる。

 しかも、見たことがある。

「この子は…悪役令嬢、アダリーシア?」

 灰色に近い毛先が少しカールした長い銀髪に、落ち着いた翡翠色の瞳。

 驚いているのにとても冷たい表情だ。

(笑ったら可愛いのに)

 しかしあまり笑わないのか、表情筋がなく笑顔は引きつったものになった。

 ぷよぷよの顔をこねくり回しながら考える。

(うーーん?真由が言ってたライトノベルの展開にそっくり)

 死んだ魂が乙女ゲームそっくりな世界に導かれて、ゲームに出てくるキャラクターに転生してアレコレする物語だ。

 転生した者は、赤ん坊の頃から記憶があったり、ある日突然…何かをきっかけに思い出したりする。

 自分は後者だ。

(ここは…この世界は、真由がやってた乙女ゲームの世界なの?)

 タイトルはたしか、”聖女とミステリーと王子様”だ。

 そう思いついた途端。

「うっ!?」

 酷い頭痛が襲ってきて、私は立っていられなくなりしゃがんだ。

 アダリーシアの記憶と、"私"の記憶がグルグルと混ざり合う。

 しばらくふかふかの絨毯にうずくまっていると、頭痛はさざなみのようにゆっくりと引いていく。

「……ふぅ」

 汗まみれの顔を袖で拭いた。

(綿でよかった)

 公爵令嬢だけども”私”は、質素な綿のネグリジェを着ているのだ。

「ホントに、転生ってやつかぁ…」

 妹が最近特に言っていた言葉を思い出す。


 お姉ちゃんは悪いことしてないし、むしろ私にもみんなにも優しくて…だから、大好きなんだから、きっと乙女ゲームのヒロインに転生するんだよ!


 私は思わずクスリと笑う。

(ヒロインじゃなくて悪役令嬢のほうだったけど)

 しかし鏡の中の私は口角の端っこだけ上がった、ニヤリ、という顔だ。だが、そういう笑顔が似合う。

「私はローガン公爵令嬢、アダリーシア。…10歳」

 特に熱病にうなされていた訳でもなく、昨日、誕生日だっただけだ。

 10歳がトリガーだったのだろうか。

 アダリーシアの記憶に、前世の私…美優の記憶がどっかりと乗ってしまった。

 混じってはいるが、少し美優の方が強いようだ。

(当たり前だわ)

 アダリーシアの記憶は、惨憺たるもの。

 そして目下、絶賛、現在進行系で虐げられている毎日だ。

「だから性格が歪むってこと?」

 真由がやっていた乙女ゲームは、聖女とミステリーと王子様…通称、”聖ミス”。

 …と、思い出したが、正直に言うと細かいところまでは分からない。

 病室で音を消しながら真由がやっていたし、途中で検査をしに席を…ベッド?を外したりしていたから、全てを見ていないのだ。

 ゲーム中のアダリーシアを見た第一印象は、”痩せれば綺麗なのに” だ。

 真由にも聞いた覚えがある。


「素質は凄いのに、なんでこんなに残念なの?」


「王太子の婚約者で公爵令嬢なんだからさ、普通、屋敷の人間が黙ってないよね?」


 彼女からの返答はアッサリしたもので、「家に問題あったとかでこうなるんだよ」と端折るにも程がある内容だった。

 ヒロインは生い立ちや性質などの設定が細かいのに、悪役令嬢はゲームスタート時に出来上がった状態でお披露目されている。

(困った)

 その、”家の問題”の最中に自分はいるようだ。

 私はひとまず情報を整理することにする。


 私がいるのはサイバリオン王国。

 かなり大きな大陸が丸ごと一つと幾つかの島で国を形成している。


 今、この国を治めているのは、ライガスト王。

 太陽のような金髪と青い目を持つ30代後半の美丈夫で…攻略対象の一人だ。


 父はアドルフ・ローガン。

 ローガン公爵家当主であり、この国の宰相でもある。

 冷たい印象の…娘と同じ銀髪と、深い湖が凍りついたような色の目で、王様と対象的に月とも称される。

 

 母は既に亡くなっている。

 アダリーシアの物心ついた時の記憶が、母であるリージー・ローガンのお葬式だ。

 おぼろげに覚えているのは、明るくて少女のような雰囲気の女性だったということ。


 今、住んでいるのは王都にあるローガン公爵家のタウンハウス。

 なぜ領地ではなくこちらにいるのかは、今ひとつ、分かっていない。

 でも多分…赤子の時に既にサイバリオン王国の王子である、ランベルク王太子殿下の婚約者筆頭になっているからだ、と思う。


「お約束ね…」


 問題はここからだ。

 母の死後、父は仕事に忙殺されていて家に戻らない。アダリーシアは、父が自分から仕事を積み上げたと考えている。

 母の亡くなった屋敷に帰りたくないのだろう、と。


(はぁ〜…)


 当主がいないせいか、家の中は敵だらけになった。

 婚約者筆頭から引きずり降ろそうというのか、他家のスパイが家の中にたくさんいる状態なのだ。

 お陰で今のように一人で放置されているし、とうに日が昇っているのに誰も部屋に来ない。

 この最悪な状態を維持しているのは、母の死後に父が適当に雇った執事。

 元々タウンハウスを仕切っていた有能な執事は、父が秘書として王宮へ連れて行ってしまっている。


「さて、どうしよう」


 デアーグという名の、赤毛のキツネ目のようなひょろりとした執事を思い浮かべる。

 父からどのように命令を受けたのか知らないが、公爵家の一人娘であるアダリーシアにかなり辛く当たっている。

 執事からしてそうなので、主の娘である令嬢を虐めているメイドも放置だ。

(…まぁ、おそらく、私を太らせて性悪にして、婚約者筆頭から引きずり下ろしたいんでしょうけど)

 太る原因の元は直ぐに解決できる。これから自分が食べなければいい。

 だが、もう一つ問題がある。

 今さっきまで寝込んでいたのは朝食を食べた後に、急に具合が悪くなったからだ。

 とても苦い味がした、と覚えている。

(たぶん、毒)

 致死量を盛られてしまえば、あっという間に死んでしまう。

 今の自分は屋敷の外に出れないし、現金もない。外に出て「公爵令嬢よ」と言っても誰も信じないだろう。

 食べ物一つ満足に揃えられない、ただの子供だから、食事に毒が混入されると困る。

(図書室で…治癒魔法?とか、そういうのを探さないと)

 幸い、この世界には魔法がある。

 怪我を治したり、毒を抜いたりする魔法もあると記憶している。

 教師が付けられていないから、自分で探して勉強しなければならない。

 その点については、他の問題よりも楽しそうと思えた。

「あとは…どう考えても、被害者は私だけじゃないよねぇ」

 悪徳執事が主の戻らない屋敷を牛耳っているのだ。公爵家の金に手を付けていない、とは思えない。

(それに…)

 ゲーム中、アダリーシアの家族構成は、父母兄に、自分だった。

 今いないということは、そのうち父が子連れの再婚相手を連れてくるという事だ。

 兄はおそらく公爵家の跡取りになるのだろう。

(まずい)

 真由は言っていた。「継母と兄がアダリーシアを虐めるんだよ」と。

 既に虐げられている状態なのに、この上さらに、大波が来るというのか。

 継母と兄の好きにさせたら、父の居ない間にきっと公爵家は乗っ取られるだろう。

 そして超デブで醜い性格の悪役令嬢が出来上がるのだ。

(絶対嫌だ)

 前世も病気で死んだというのに、今世で断罪など受けたくない。

 悪役令嬢の行く先はルートにもよるが、処刑、流刑、幽閉だったか。

 処刑は公衆の面前だし、流刑は陸から離れた島にある魔物の多い森への放逐、幽閉も大陸の北端にある魔封じの塔に生涯入れられる。

 「悪役令嬢はどうなるの?」と質問した際に、真由が喜々として教えてくれた情報を思い出し、青くなった。

(最悪だ…)

 ヒロインを学園という小さな場所で虐めただけなのに酷い扱いだと思ったが、真由曰く「邪竜を倒せる聖女を虐めたからだよ」との事。

 もう一つ、「王太子が婚約者を放置して男爵家の娘に懸想して許されるの?ちゃんと婚約解消をしてから付き合えばよかったんじゃない?」とも言ったが「そこはお約束の黄金パターン」と言われてしまった。

(だからなのかな、私がアダリーシアになったの…)

 ヒロインのご都合主義に納得が出来ず、なんで王子は、王様は、父親は彼女を放置したのかと散々質問した。


 "じゃあ君がなんとかしろ"、ということか。


「むむ…」

 自分の手のひらを見る。

 ムチムチだ。10歳にして爪に縦線が入ってしまっている。このままでは成人病まっしぐらだ。

 ろくな老後にならないだろうし、そもそもキチンと年がとれるのかも分からない。

 いや、断罪されたら終わりだ。


「やってやろうじゃないの」


 ”私”はアダリーシアとして決意する。


 誰も自分を虐めさせない。

 痩せて、健康になって、病気にもならない。

 父に苦言を呈して関係を改善する。

 あわよくば王太子の婚約者候補から外れる。

 乙女ゲームの舞台である学園に通わず、領地で過ごす。


 …何よりも、真由が心配しないように幸せに過ごして、今度こそ長生きをしたい。


「うん、そうしよう。…いえ、そうしましょう」

 その言葉遣いのほうがしっくりくる。

(私は美優じゃない。もう、アダリーシアだわ)

 ホッとしつつ、私は鏡に映る自分に向かって頷くと、行動を開始することにした。


〜〜〜

作者より


他の作品と交互にアップする予定です。

毎日とは行きませんが、それなりの更新頻度にする予定ですので、完結までお付き合い下さい!

m(_ _)m

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