第36話 従姉妹と、いつまでも


  *


「手、つないでもいい?」


「えっ?」


「いいから! ほら!」


 陽葵が俺の手を取ってきた。


「お、おい……」


「へへん♪ これでカップル成立だね!」


「…………」


「……嫌だった?」


「そんなことはないよ。ただ、びっくりしたというか……」


「もう、照れちゃってぇ……」


「別に、照れてないし……」


「はい、ダウト!」


「ぐぬぅ……」


「ふふ……」


「はは……」


 俺たちは、お互いに笑い合った。


「ねぇ、蒼生」


「ん?」


「キスしてあげようか?」


「ぶほっ!!」


 俺は思わず吹き出してしまった。


「な、なに言ってんの!?」


「だって、わたしたち、元々は、あのときカップルになってたんだよ。それなのに、蒼生の恋人候補がいっぱい現れてさ……。だから、これは、その復讐みたいなもの。大人しく受け入れなさい!」


「ちょ、ちょっと……」


 陽葵が俺の顔に迫ってくる。


 俺は慌てて後ずさった。


「あれ? どうして逃げるの?」


「逃げて、悪いかよ!?」


「じゃあ、わたしの勝ちだね!」


「勝負じゃないだろ!?」


「蒼生の意気地なし!」


「それは違うと思うぞ!?」


 俺が必死に逃げ回っていると、いつの間にか公園にいて、よく落ちている石ころにつまずいて転んでしまった。


「あっ……」


「きゃっ……」


 ドサッ!!


 どんな運命をたどれば、陽葵を押し倒すような体勢になるのか……俺には意味が理解できない。


 とにかく運命の石ころのせいで陽葵を押し倒していた。


「…………」


「…………」


 やばい……。


 これ、完全にラブコメの展開じゃん……。


 ど、どうしよう……。


「…………」


「…………」


 陽葵は顔を真っ赤にしながら目を逸らすと、小さな声で、つぶやいた。


「このまま、キス、する?」


 ……マジで?


「い、いや、それはダメだ……」


「……そうだよね。蒼生は、まだ迷っているもんね。わかってるよ……。だけど、わたしは諦めないからね……」


「陽葵……」


「いつかは振り向かせてみせるんだから……」


 陽葵は優しく微笑むと、俺の首に手を回してきた。


「お、おい!?」


「大丈夫。蒼生は、なにもしなくていいの。わたしに全部任せて……」


「えっ!?」


 陽葵の吐息が耳にかかってくすぐったい。


 彼女の柔らかい身体が密着している。


 陽葵の甘い匂いが鼻腔を刺激した。


 こんなことをされて普通の男は我慢できないだろう。


 心臓の鼓動が加速していく。


「蒼生……大好き……」


 陽葵が潤んだ瞳で見つめてきた。


「…………」


 俺は無言のまま、ゆっくりと陽葵に近づいていく。


「蒼生……」


 そして、唇が触れようとした瞬間―――。


 ピタッ……。


 俺は動きを止めた。


「……?」


 陽葵が不思議そうな顔で首を傾げる。


「……ごめん」


 俺は陽葵から離れていく。


「えっ……?」


「俺たちは振り出しに戻った。それに……今じゃない」


「そっか……。うん、わかったよ……。やっぱり、まだ決心はつかないよね……。でも、いつかは、きっと答えを出してね……」


「ああ……」


「待ってるから……」


 陽葵は立ち上がると、俺に手を差し伸べてくれた。


「ありがとう」


 俺も立ち上がって、彼女と手をつなぐ。


 そして、ふたりで歩き出すと、やっとコンビニが見えてきた。


「おっ、ちょうど見えてきたな」


「うん……」


「なんか奢るよ。さっきのお詫び」


「本当? やったぁ~!」


 俺と陽葵はアイスクリームを買って、近くの公園のベンチに座って食べることにした。


「はい、アイス」


「ありがと~」


 俺はバニラ味で、陽葵はストロベリー味のカップアイスを食べる。


「おいしいね」


「ああ」


「こんな日々が続くといいね……」


「そうだな……」


 こうして、俺たちの夜は過ぎていく。


 カップアイスを食べ終わった俺たちは、少しだけ散歩することにした。


 夜風が気持ちいいし、相変わらず、星空が綺麗だ。


 本当に、この平和な日常がいつまでも続けばいいのにな……。


 そう思いながら歩いていると、いつの間にか自宅の前に着いていた。


「さて、家に入ろうか……陽葵?」


 陽葵が、なにか心惜しいような表情をしていることに気づく。


「ん?」


「あのね……」


 陽葵は自分の胸に手を当てていた。


「なんだ?」


「その……やっぱり……」


「えっ?」


「えっと……こっちに来てくれる?」


「えっ、あっ、うん……」


 俺は陽葵に近づいたのだが……。


 ――ちゅっ……!


「……陽葵?」


 一瞬のことだった。


 俺の口にキスをしたのだ。


「……えへへ」


 陽葵は照れくさそうに笑っていた。


「なんだよ、いきなり……」


「わたしは蒼生の恋人になりたいから……」


「だからって……」


「今日の心残りは、これでなくなったし、家に入ろうか」


「あ、ああ……」


「ねぇ、蒼生」


「ん?」


「わたしのこと好き?」


「ああ、好きだよ」


「ふーん……。でも、わたし以外の女の子と付き合うの?」


「えっ? それは、わからないけど……」


「じゃあ、もしもの話をするね。もし、わたし以外に好きな人ができたら、そのときは正直に言ってね。絶対に責めたりしないから……」


「あ、ああ……」


「約束だよ?」


「わ、わかった……」


「ふふっ……」


「なんだよ、その笑い方は……」


「別に。なんでもないよ。ただ、今が、嬉しいなって思っただけだから」


「まあ、俺だって、みんなに幸せになってほしいと思ってるし、そのためにできることなら協力したいとは思うよ」


「……そう」


 陽葵は、なにか含みのある表情をしている。


「じゃあ、また明日……だね」


「おう。今日は楽しかったよ」


「うふふ……。ありがと!」


 俺と陽葵は自分の部屋に戻っていく。


 また、一糸学院での日常が始まろうとしていた。


  *


 そのころ、幟谷子鯉は、ある場所で、ある人物に――。


「おいッ! なんで、あんなやつに負けてんだよッ!!」


 子鯉は一方的に殴られたり蹴られたりしていた。


「す、すみませ……」


 子鯉は地面に這いつくばっている。


「おまえなぁッ! 俺の期待を裏切りやがってッ! おまえは、俺のためになんでもするんじゃなかったのかッ!?」


「そ、それは……」


 子鯉は恐怖で震えていた。


「もういい……。俺がやる」


「えっ……?」


「俺がッ! おまえの代わりに、あいつを……旗山蒼生をブッ潰してやるからよぉッ!!」


「そ、それは……無理です! あいつは化け物ですよ!?」


「うるせぇッ! 俺がやると言ったら、やるんだよッ!!」


 男は子鯉を蹴り飛ばす。


「ぐふっ……!」


 子鯉は地面に叩きつけられた。


「てめぇ、なに休んでんだ? もう一発いくぞッ!」


 男は再び子鯉を蹴る。


「ぐふっ……す、すみません……」


 子鯉は涙を流していた。


 一方、男は苛立ちを隠せない様子だ。


「おいッ! てめぇ、旗山蒼生の弱点を教えろッ!」


「……旗山蒼生の弱点ですか?」


「そうだッ! なんでもいいから言えッ!!」


「わかりました。あいつの弱点は、おそらく……女だと思います」


「なに? それは本当か?」


「はい。旗山蒼生は、いつも、あの美少女と一緒にいます。だから、その美少女が弱点になると思います」


「……なるほどな」


 男はニヤリと笑う。


「おい! 子鯉、その美少女の名は?」


「一糸学院の理事長の娘、一糸陽葵です」


「ほう……。そいつを人質にすれば、旗山蒼生を倒せるのか?」


「おそらく……」


「そうかッ! なるほどなッ!」


 男は高笑いを始めた。


「子鯉ッ! 旗山蒼生に恨みを持つ人物を集めろッ!!」


「わかりました」


「いいか? 絶対に倒すぞッ! そいつがいい気になっているなんて腹ただしいからなッ!!」


「ぐふぁッ!」


 また男は子鯉を殴った。


「わかったのか!?」


「は、はい……」


「わかったなッ! 絶対に失敗するんじゃねぇぞッ!!」


「はい……」


「じゃあ、さっさと行けッ!」


「わかりました……」


「早くしろッ!!」


「はいッ!!」


 子鯉はフラフラとした足取りで立ち去っていく。


 男は笑いながら言った。


「待ってろよ、旗山蒼生ッ! テメェを絶望の淵に叩き落としてやるぜ……! くくくッ!!」


 男の笑い声が、暗い路地裏に響き渡る。


 その男の名は幟谷緋鯉のぼりや・ひごい


 不陵高等学校ふりょうこうとうがっこうに通う不良生徒のひとりであり、幟谷子鯉の一つ上の兄である。


 彼は弟である子鯉を奴隷のように扱っている。


 蒼生に敗北したと知るや否や、彼は子鯉に暴力を振るっていた。


「いいか、おまえらッ! 旗山蒼生という存在をこの世界からブッ壊すぞッ!!」


 幟谷緋鯉は、不陵高校を含む、あらゆる高校の不良生徒たちを集めて、弟の尻拭いをするために旗山蒼生を潰す計画を企てているようだ。


「さて、どうやって旗山蒼生を壊すかを考えなくてはな」


 緋鯉はニヤリと笑うのだった。


  *


 一糸学院の不良生徒たちは、すべて更生された。


 もう、この学校で不良生徒たちと、なんらかのトラブルに巻き込まれることはないだろう。


 ――放課後の生徒会室。


 そこには俺と陽葵と葵結と悠人と知世と琴葉さんがいた。


「蒼生くんのおかげで、たった一ヶ月で不良生徒がいなくなってよかったよ」


「いえ、俺は、そんな大したことはしてませんよ。みんなのがんばりがあったからこそです」


「でも、蒼生くんがいなかったら、もっと時間がかかっていたかもしれないし、私たちだけでは解決できなかった問題もあったと思うから……」


「はぁ……」


「それに、また、なにかあったら相談してほしいかな。前みたいに、ひとりで抱えるのは、やめたほうがいいよ」


「……はい。わかりました」


「蒼生くんには、感謝してもしきれないくらい、お世話になっているから……ここでも、家でもね」


「そんなことないですよ。俺は、自分が正しいと思ったことをしているだけですから」


「蒼生くんは、そういう感じで取り繕うところがあるよね……困っちゃうな……」


「…………」


「でも、蒼生くんだけじゃないか。悠人くん、知世さん、葵結、陽葵も、ありがとう」


「いや、俺たちは事後報告をしただけですけどね」


「ほとんどは蒼生が解決しましたからね」


「蒼生がいなかったら、今年の不良生徒問題を解決できなかったと思うよ、お姉ちゃん……」


「でも、本当に、みんな、ありがとね……。これで、ひとまずは安心だね」


 琴葉さんは胸を撫で下ろす。


「あの、わたし……今回、なにもできなくて、申し訳ございませんでした」


 葵結が深々と頭を下げた。


「いや、葵結がいなかったら、不良生徒たちの問題が浮き彫りにならなかっただろうから……ありがとう」


「……そう、ですかね」


「葵結は、ずっと俺のそばにいてくれて、俺を支えてくれた。それが、なにより嬉しい」


「蒼生……」


「これからも、よろしくな」


「はいっ!」


 葵結は満面の笑みを浮かべる。


「青春してるなぁ……」


 悠人が口を尖らせた。


「悪いかよ……」


「なんか、蒼生が、たった一ヶ月で遠いところへ来たんじゃないかって思えてきたぜ……」


「なんだよ、それ……」


「蒼生を見ているとさ……なんか、俺たちが普通すぎて違和感があるというか……」


「いや、俺は、ただの……普通の高校生だよ……」


「そうかもしれないけどさ……蒼生は、なんていうか、俺たちとは違う気がするんだ。いずれ、この世界に、なにかを残すんじゃないかっていう確信が俺にはあるんだ。それが、なんなのか、どういう形になるのかは、わからないけど……」


「買いかぶりすぎだよ……」


 俺は苦笑いをするしかなかった。


「そういえば、蒼生は陽葵さんと正式に付き合うことになったんだっけ?」


「いや、それは……」


「違うのですか?」


 知世が突っ込んだ。


「いや……付き合ってはいない」


「そうなの? えっ、どうして?」


「俺は……今、考え中だ」


「蒼生……」


 陽葵が心配そうに見つめてくる。


「まあ、まだ答えは出ていないんだけどな……」


「そっか……。でも、蒼生は、きっと自分の気持ちに気づいているはずだよ。私は、そう思う」


「ああ、俺も同じ意見だ」


「…………」


 俺は、どうしたいんだろうか。


 でも、その先にある未来に不安を感じているのは確かだった。


 だから、俺は宣言する。


「だけど、いずれ答えは出るよ。いや、答えを出してみせるさ……」


『蒼生……』


「だから、もう少しだけ待っていてほしい……」


「うん、わかったよ……」


 琴葉さんは優しく微笑んでくれた。


「蒼生の選択を尊重するよ」


「蒼生なら大丈夫ですよ」


 悠人と知世は俺を受け入れてくれた。


「はい! わたしも応援していますわ!」


 葵結は力強く返事をする。


「蒼生なら、いつか、答えを出せるよ」


 陽葵も信じてくれるようだ。


「ありがとう……みんな」


 みんなの優しさに感謝しながら、この平和になった日常が、いつまでも続いてほしいと願った。


 みんながいてくれるからこそ、俺は前に進んでいけるような気がするのだ。


 こうして、平和になった俺たちの学校生活と、従姉妹たちとの同じ屋根の下での甘い生活が始まろうとしていた。

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旗山蒼生《はたやま・あおい》の青春無双《マッチレスユース》〜数年ぶりに会った従姉妹と、ひとつ屋根の下で甘い生活を~ 三浦るぴん @miura_lupin

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