第30話 従姉妹と、甘酸っぱいキス
*
俺は、すべての運命を見ることができる能力を持っている。
いや、正確には相手の動きを予測し、その動きを回避することで相手の自滅を狙うことができる、ということだ。
そう。
幟谷子鯉の手下たちの動きをすべて予測することにより、俺は手下たちを自滅させたのだ。
俺が手下たちの攻撃をかわすことで、お互いに殴り合いになり、俺はノーダメージで手下たちを倒すことができた。
「お、おお、おまえ……いったい、なにをしたんだ?」
「なにって、なにもしていないが」
「なにもしていないわけがないだろうッ!? なんで俺の手下が全員やられているんだよッ!? しかも、おまえ、なんでピンピンしてんだよッ!?」
「勝手に自滅したんだろ」
「そ、そんなバカな……」
幟谷子鯉が絶望した顔で俺を見る。
「ふざけんなーッ!」
幟谷が俺に向かって拳を突き出してくる。
「…………」
俺は幟谷の攻撃を冷静にかわす。
「なんで、なんでなんでッ!?」
「…………」
「ふざけんなよッ! なんで、かわすんだよッ!?」
「かわせるくらいに遅いパンチだからだろ」
「おまえ、それで今まで乗り切ってきたのかよッ!?」
「てか、俺、なにもしてないし……勝手に異名をつけんなって話だし……」
「おまえ、それで
「噂に尾ひれがつくのは、よくあることだろう」
「おまえ、元不良じゃないのかッ!?」
「自分が不良だと思ったことは一度もないね」
動きを予測した俺は幟谷子鯉をこけさせる。足をかけることなく、自然的な現象で。
「……! 旗山蒼生……!」
「…………」
「そんなんで、よく今まで、やってこれたなぁ……!」
「……そんなこと言われたって、しょうがないじゃないか」
「……しょうがない」
「俺は、なにもしてないのに、勝手に中二病丸出しな
「…………」
「俺は、あの中学で、なにもしてない。それは確かな真実だ。ただ、不良たちの攻撃をかわしただけだったのに……」
「おまえ……なにが言いたい。俺に言えば、理解者になってくれると思ってるのかッ!?」
「話せば理解できるものでもないだろう。でも、話すことも必要な要素だ……」
「隙を見せたなッ!」
――おまえ、また殴るのかよ。
すぐに攻撃を回避した。
幟谷子鯉は、また、こけた。
「ふざけんなーッ!」
攻撃、回避、攻撃、回避……その繰り返しが俺たちの間で、おこなわれている。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
幟谷が息切れしてきた。
「おい、おまえ、それでも不良なのかよ。不良としての誇りはないのか?」
「俺は俺を不良だと思ったことはないね」
「そうか……」
幟谷子鯉は、くくっと笑いながら。
「……なぁ、旗山蒼生よぉ……どうして一糸陽葵の恋人になれたんだ? 誰にも振り向かない美少女が、おまえの彼女になるなんて、おかしいだろ……それに転校生の的井葵結とキスしたそうじゃねーか」
「…………」
「それに、あのふたりの美少女のいとこだって? いとこなのに恋人になるなんて信じられねぇな! 血がつながってるんだぞ! ある意味、きょうだいだぞ! 俺だったら付き合わねぇわ! キモい関係だなぁ……!!」
「……あのさ」
「あぁ!?」
「……俺たちの関係に口出しすんの、やめてくんねぇか。もう二度と俺の家族を侮辱するな。陽葵と葵結に今のセリフを言ってみろ。俺は、おまえを許さない」
「……許さないから、どうだって? おまえ、殴れよ。俺を殴ってみろよ。許さないんだろ。ほら、早く殴れよ」
「…………」
「さぁ、さぁさぁさぁッ!」
……と、俺は幟谷から挑発を受けるが。
「蒼生っ!」
屋上に陽葵たちがやってくる。
「陽葵、どうして来たんだ? 危険だぞっ!」
「蒼生を放っとけないんだとさ」
「悠人……葵結、知世……それに……琴葉さん」
「今回のことは、ちゃんと学校に報告させていただきます」
琴葉さんが幟谷子鯉に向かって言う。
「ちっ……なんだよ………なんなんだよッ! だが、俺には関係ないね。旗山蒼生は、俺がブッ殺す……ッ!!」
幟谷は俺に殴りかかってくる。
俺は幟谷の攻撃をかわし続ける。
「なんでだよッ! なんで当たらねぇんだよッ!?」
「予測できる動きだからだろ」
「おまえ……予知能力者なのかッ!?」
「違う」
「じゃあ、なんで俺の動きを予測できんだよッ!?」
「おまえが単純すぎるからだろ……」
「ふざけんなッ! この野郎ッ!!」
「おまえこそ、ふざけるなよ。俺の家族を侮辱したこと、絶対に許さないからな」
「うるせぇッ! 俺を舐めるんじゃねぇッ!!」
幟谷は俺に向かって突進してくる。
「おまえ、バカだろ」
俺は幟谷の拳を受け止める。
「……!」
「こんなに簡単に俺に捕まるとは……」
俺は幟谷子鯉の腕を捕まえて、そのまま背負い投げをする。
「うぐッ……!」
幟谷は背中を強く打ちつけたようだ。
「おまえみたいな奴に、負けるわけがない」
「……ちくしょう! ちくしょう……!」
「俺の勝ちだ」
幟谷子鯉は悔しそうな表情を浮かべている。
「琴葉さん、手錠を」
「わかりました」
琴葉さんは、幟谷子鯉に手錠をかけた。
「これで終わりだ」
幟谷子鯉と手下たちは一糸学院の生徒会に粛正され、再教育される。
これが一糸学院に入った不良たちの末路だ。
琴葉さんたち生徒会に連行される幟谷子鯉と手下たちを見送ったあと……。
「蒼生!」
陽葵が俺に抱きついてくる。
「蒼生!」
葵結も俺に抱きついてくる。
「蒼生、ありがとうございます」
知世は、にっこりと微笑んでいる。
「…………」
俺は無言で彼女たちを見つめた。
「どうした、蒼生?」
悠人が心配そうに俺を見る。
「なんでもない。ただ、これは、これで……ハッピーなエンディングだな、と思ってさ」
「そうだな」
「これからも、よろしくな」
「ああ、こちらこそ」
俺と悠人は握手をした。
「ねえ、蒼生」
陽葵が、くいくいっと俺の袖を引っ張る。
「なんだ?」
「わたしのこと、好き?」
「えっ? 急にどうした? まぁ、好きだよ。家族だし」
「……そういう意味ではなく、異性として、という意味で……」
「……!」
「もう、ニセモノの恋人なんて、やめよう?」
「…………」
「蒼生は、もう、ひとりぼっちじゃない。葵結もいるし、わたしたちも蒼生のことを愛している。蒼生は、もう、ひとりきりにならない。わたしたちも蒼生を守る」
「陽葵……」
「だから、もう、恋人のフリなんてやめて、本当の意味で、わたしと付き合ってください」
「…………」
「お願いします」
陽葵が頭を下げる。
彼女の顔は真っ赤になっている。
「…………」
葵結がじっと俺の顔を見ていて、知世が笑顔のまま黙っている。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
俺も俺で返事をするときに顔が真っ赤になりかける。
「……ありがとう」
そう言って、陽葵は俺の口にキスした。
きっと、これは甘酸っぱいキスなのかもしれない。
時間は刹那だろうけど、永遠に感じられるキスを俺は体感する。
「……!」
陽葵に対抗するかのように、葵結が俺に飛びついてくる。
「おい、苦しいって……!」
「蒼生……大好きです。わたしのファーストキスは蒼生に捧げたんですからね!」
「葵結、ずるい。でも、蒼生の彼女は、わたしなんだから!」
「ふたりとも、落ち着いてくれ」
「落ち着けませんよ。だって、初めてだったんですよ。だって、わたし、ずっと待ってたんだから……」
「葵結……!」
「ああ、もう……葵結、ややこしくしないでよ! 蒼生、もう一回キスするから、葵結と離れて!」
「嫌です! 離れたくないですわ!」
「葵結は、いい加減にして!」
「陽葵だって、蒼生から離れてくださいまし!」
「ふたりとも、やめてくれ!」
「やめない!」
「やめません!」
「ちょ、ちょっと……悠人! 知世! 助けて!」
俺は悠人に助けを求めるが、彼は苦笑するだけで、止めようとしなかった。
知世もニコニコしながら見ているだけなので、結局、俺がなんとかするまで、騒ぎは続いたのだった。
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