第23話 従姉妹と、カフェ


  *


 今日は久しぶりの休みだ。


 不良生徒たちから陽葵たちを守る日常から少しだけ解放される。


 だけど、そんな俺は、ただ、休むことを選ばない。


 俺は居候の身。


 だから、一糸家を支えている一華さんの手伝いをしようと思うのだ。


 俺は一華さん、琴葉さん、陽葵、咲茉、葵結と一緒に朝食を食べ終えたあと、一華さんに話しかけた。


「あの……俺にできることがあれば、なんでも言ってくれませんか?」


「えっ……?」


「いや、俺って、なにかしらの役に立ちたいというか……なにか恩返しができたらなって思って……」


「蒼生……」


「だから、もし、俺にできることがあったら言ってください」


「じゃあさ……カフェの手伝いをしてくれないかな~?」


「えっ……?」


 予想外の言葉に戸惑う。


「いや、別に無理して付き合わなくてもいいよ~。嫌なら嫌って言ってくれたら……」


「いえ、やります! やらせてください!」


「そう……じゃあ、お願いしてもいいかな~?」


「はい!」


 こうして俺は今日、一華さんが経営する「カフェ・ワンスレッド」で働くことになった。


  *


 ちなみに「カフェ・ワンスレッド」の店名の由来は、もちろん「一糸」という名字が由来だ。


「じゃあ、早速、蒼生には、お店が開く前に接客の練習をしようか~」


「はい!」


 俺は返事をする。


「とりあえず、蒼生は制服を着て~」


「わかりました!」


 俺は言われた通り、エプロンをつけて、店の制服を着た。


「よし、これでオーケーね~」


「ありがとうございます」


「あとは笑顔ね~」


「はい!」


「じゃあ、最初はお客さまを席まで案内する練習から始めようか~」


「はい」


「お水とお手拭きはテーブルに置いてあるからね。注文を受けたら、カウンターにいる私に声をかけてね。それと、お会計もよろしくね。お金は後払い制だから」


「はい、了解です」


 それから、俺は「カフェ・ワンスレッド」のウェイターとしての練習を積み重ねた。


「はい、合格よ~」


「はあっ……」


 俺はため息をつく。


「よかった~。思っていたよりスムーズにできたね~」


「そうですか……?」


「そうよ~。これなら、すぐにでも戦力になれるわね~」


「それは嬉しいですね……」


「じゃあ、次はコーヒーを入れる練習ね」


「はい」


「蒼生くんはコーヒー豆を挽くところからやってみる?」


「そうします」


 俺は豆の入った袋を開ける。そして、俺は豆をゴリゴリと挽いた。


「蒼生、うまい、うまい~。もうちょっと力を入れても大丈夫だよ~」


「はいっ……」


 俺は全力で粉々になるまで、ゴリゴリと挽いた。


「ふぅ……」


「おっ、いい感じじゃないか。初めてにしては上出来だよ~」


「ありがとうございます……」


 俺は作業を続けていき、慎重にコーヒーを注いでいく。


 そして、コーヒーカップを一華さんに渡した。


「うん、おいしい~。完璧よ~」


「はい! ありがとうございます!」


 とりあえず、一通りの作業を終えて、ひと息を入れる俺。


「ふう……」


 俺は息を吐いて、気持ちを落ち着かせた。


「蒼生、手伝うよ~!」


「蒼生くん、手伝いに来ましたよ!」


「蒼生お兄ちゃん、手伝いに来たよー!」


「蒼生、手伝いに来ましたわ!」


 陽葵、琴葉さん、咲茉、葵結が手伝いに来てくれたようだ。


「おう、みんな、ありがとな……って、その格好は?」


「じゃ~ん! どう? 似合ってるでしょ!」


 陽葵は黒色のメイド服っぽい格好をしていた。おそらくウェイトレスとして働くのだろう。


「かわいい……」


 思わず本音が漏れてしまう。


「えっ……?」


「あっ、いや……なんでもない」


「えへへっ……! 聞こえてるってば……!」


 嬉しそうにする陽葵。


「咲茉もメイド服っぽい格好なんだな」


「そうだよ」


「めっちゃ似合ってるな……」


「えへっ!」


 照れる咲茉。


「じゃあ、葵結は……」


「はい! わたしは猫耳のウェイトレスです!」


「えっ……?」


 葵結は頭に猫耳をつけている。


「にゃあ……!」


 葵結は両手を上げて、ぴょんぴょん飛び跳ねる。尻尾もぴょこぴょこ動いている。


「はは……」


 猫耳を見るのは、なんとも言えない気持ちになるけど、とてもかわいらしい。


「蒼生くん、私は、どう?」


「ああ、琴葉さんもメイド服っぽい格好なんですね。てか、みんな、か」


「うん、そうなんだ。蒼生くん、似合っているかな?」


「はい、とてもよく似合っていて、素敵ですよ」


「やったぁ!」


 はしゃぐ琴葉さん。


「しかし、今日は一糸家のメンバーが勢揃いですね」


「まあね〜! 少し蒼生が気になってたし……」


 陽葵は俺を見つめながら言う。


「ありがとう、陽葵……」


「べ、別にお礼なんて言わなくていいよ……」


 頬を赤く染めて顔を逸らす陽葵。


「蒼生くんのウェイターの格好、すごくいいよ〜」


「ありがとうございます」


「ねえ、写真撮らせてもらってもいいかな〜? もちろん、悪用とかしないから〜」


「はい、いいですけど……」


「わーい、ありがとう〜」


 パシャッ……パシャシャシャ……! スマホで写真を撮りまくっている琴葉さん。


「あ、あの……あんまり見ないでください……」


 恥ずかしくて体が熱くなる。


「うふふ……ごめんなさい」


 謝りながらもシャッターを切るのをやめる気配はない。


「ふぅ……」


 俺は息を吐く。


「蒼生くん、こっち向いてくれる?」


「はい……」


 俺は琴葉さんの方を向く。


「はい、チーズ!」


 カシャーンッ……!


「ありがとう〜」


「いえ、こちらこそ……」


 それから、俺たちは開店の準備をした。


「蒼生くん、これお願いできるかしら?」


「はい、わかりました」


 俺は一華さんの頼まれごとをこなした。


「蒼生くん、次はこれとこれを運んでくれるかしら?」


「はい、了解しました」


 俺は開店前に次々と仕事を片付けていく。


「さすがだね。もうすっかり慣れちゃったみたい」


 一華さんは感心したように言った。


「そんなことありませんよ。まだまだ未熟者なので……」


「謙遜しなくてもいいのに。でも、蒼生くんのおかげで、かなり助かるわ」


「それはよかったです」


「本当にありがとね。じゃあ、そろそろオープンしようか」


「わかりました」


 ――カランコロンッ……。


 ドアを開けるとベルが鳴る。それと同時に――。


『いらっしゃいませっ! カフェ・ワンスレッドへようこそ!』


 全員の声が重なる。


 喫茶店での手伝いが始まったのだった。


  *


 扉が開かれるのと同時に、カランカラーン! ……という鈴の音が鳴る。


『いらっしゃいませ! カフェ・ワンスレッドへようこそ!』


 全員が声を合わせて出迎える。


「おっ、蒼生じゃないか」


「悠人!? 知世!?」


 最初に店内に入って来たのは、悠人と知世だった。


「まさか、ここで働いているとはな」


「ああ、成り行きでな……」


「そうなのか。なかなか似合ってるぞ。かわいい美少女たちに囲まれて、楽しそうだな」


「うるせえよ……」


 俺は苦笑いする。


「蒼生、こんにちはです」


「ああ、知世……いらっしゃい」


「知世先輩、悠人先輩、いらっしゃいませー!」


 咲茉が悠人と知世に声をかける。絡むのを見たことがなかったけど、やっぱり知り合いだったのか。


「咲茉ちゃん、久しぶり」


「はい、お元気そうで、なによりです!」


「咲茉ちゃん、その格好、かわいいね」


「ありがとうございます。あたしは今日、メイドです」


「あら、そうなんですね。咲茉ちゃんにぴったりだと思う!」


 咲茉と知世は仲良さげに話している。俺からしたら、なんだか珍しい組み合わせだと思ったが、案外そうでもないのかもしれない。


「咲茉ちゃん、あとで一緒に写真撮らない?」


「えっ……?」


「いいでしょ?」


「……はい、いいですよ……!」


 咲茉は少し困惑しながらも了承していた。意外にも咲茉は押しに弱いタイプなのだろうか。俺の前では強いのに……。


「じゃあ、席に座って待っててください。注文が決まったら呼んでくださいね」


「わかったよ。ありがとう、咲茉ちゃん」


「どういたしまして!」


 知世と悠人は空いているテーブルに座る。


「とりあえず、コーヒーをふたつ、お願いします」


「はい、わかりました」


 俺はカウンターに戻り、コーヒーを二人分用意した。


「どうぞ」


「おお、サンキュー」


「ありがとう」


 ふたりはカップを受け取る。


「ところで、蒼生。どうして、ここで働いているんだ?」


 悠人が訊いてくる。


「ああ、それは……」


 俺は経緯を説明した。


「なるほどね。居候の身だから、という意味での手伝いね」


「そういうことだ」


「へぇ~、おもしろいな」


 悠人は興味深そうにしている。


「まあ、そんなわけだ」


「ふーん、いいんじゃないか? おまえらしくて」


「そっか……」


「まあ、がんばれよ。応援してやるからさ」


「おう……」


 俺は軽く返事をする。


「まあ、ごゆっくり」


「おう」


 そして、再び仕事に戻る。


「ふう……」


 俺は息をついた。


「蒼生くん、大丈夫? 疲れてない? 私も手伝うよ」


 琴葉さんが気にかけてくれた。


「いえ、琴葉さんこそ、休んでいてください。俺なら平気ですよ」


「ううん、だめだよ。蒼生くんが無理するのはよくないと思う」


「琴葉さん……」


「それに、私は蒼生くんのお姉さんみたいなものだから、弟くんを甘やかすのは当然のことだよ〜」


「はは……」


 琴葉さんらしい。この人はいつも優しい。


「じゃあ、琴葉さんにはホールの仕事をお願いできますか?」


「はい、任されました〜」


 琴葉さんは張り切っているようだ。それから俺たちは家族として、協力しながら働くのだが……。


 ――カランコロンッ……。


「いらっしゃいませ! カフェ・ワンスレッドへようこそ!」


 琴葉さんの声と同時に、俺たちは声を合わせる。


『いらっしゃいませ! カフェ・ワンスレッドへようこそ!』


「邪魔するぜ! ほう、ここが一糸家が経営している喫茶店か……!」


「あなたは……!」


 俺は目の前の人物を見る。


「どうして、あなたが、ここに……!?」


「どうして、だと思う?」


 男はニヤリと笑う。


「このカフェを荒らしに来たんだよ」


 彼は一糸学院の不良生徒である。


 嫌な予感を抱いた俺は、彼に慎重な対応を試みるのだった。

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