第22話 従姉妹と、抱きついても
*
自分の部屋に戻った俺はベッドの上で寝転がっていた。
「ふう……」
俺はため息をつく。
――葵結は、いったい、なにを言いたかったんだろうか……。
気になって仕方がなかったが、なかなか眠れそうにない。
――コン、コン、コン。
部屋をノックする音が聞こえた。
「……はーい……?」
扉を開けると、そこには陽葵がいた。
「こんな時間にどうしたんだ……?」
「ちょっと、蒼生と話したくなってね」
「話したくなった……?」
「うん」
陽葵はうなずく。
「とりあえず、中に入ってもいい……?」
「ああ、大丈夫だけど……」
「お邪魔しま〜す」
陽葵は部屋に入ってくる。
「それで、話っていうのは……?」
「葵結のことだよ」
「葵結……?」
「うん。蒼生は葵結のことをどう思っているの……?」
「ど、どう思ってるとは……?」
「だから、好きかどうかということだよ」
「それは……」
俺は言葉に詰まる。
「葵結はね、きっと、蒼生のことが好きだよ」
陽葵は真剣な表情で言う。
「それも、ずっと前からね……」
「…………」
「葵結は蒼生と会うために一糸学院に転校してきたのよ」
「……そうか」
「葵結は蒼生のことが好きだからこそ、一糸学院に転校したんだよ」
「それで……陽葵は俺と葵結がくっつくことを望んでいるのか……?」
「…………」
陽葵は黙り込む。
「……わからない。だから、わたし、どうしたらいいと思う?」
「どうしたらって……」
「わたしたちは、いとこ同士だし……葵結は、わたしたちより先に生まれているからお姉さんなわけだけど、その前に家族でしょ。わたし、わからないの。どうして葵結が堂々と蒼生のことが好きだと表現できるのかが……」
陽葵は困惑した様子で話す。
「ごめん、こんなことを言われても困るよね……」
「いや、そんなことねえよ……」
「とにかく、わたしも蒼生を頼りにしたいの。だから、蒼生には、わたしから離れないでほしいの」
陽葵はまっすぐ俺の目を見て言う。
「わかった……」
俺は陽葵の願いを受け入れる。
「ありがとう。やっぱり、蒼生は優しいね」
「そんなことは……」
俺は照れ隠しのために頭を掻いた。
「陽葵を守りたいのは、俺の純粋な気持ちからだよ」
「蒼生……」
「それに、陽葵は俺にとって大切な存在だ。もし、陽葵になにかあったら、俺はどうにかなってしまうかもしれない。だから、俺にできることがあれば、なんでも言ってくれ」
「じゃあ、ひとつだけお願い。絶対に、わたしのそばを離れないでね」
「ああ、約束する」
俺は陽葵の手を握る。
「ふぅ……」
陽葵は安心したように微笑む。
「よし、そろそろ戻るね。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
陽葵は俺の部屋を出ていった。
「…………」
俺は、どうしようもなく胸が苦しくなる。
奇妙な幸福感と切なさが同時に押し寄せてきた。
だけど、不思議と心地よい感覚でもあった。
葵結が俺に好意を寄せてくれているのは間違いないだろう。
でも、俺はまだ葵結のことが好きなわけではない。
それに、陽葵も俺のことが好きな感じがする。なんとなく、だけど。
どうすれば、いいのだろう……。
いつまでも優柔不断ではいられないのは確かだ。
まだ学校生活が始まって間もないというのに……早く決断をしたほうがいいのだろうか?
いや、俺が決断するべきなのだろうか?
俺が誰かを選ぶことで、ほかの誰かを傷つけてしまうのではないだろうか……?
俺は、どうすべきなのだろうか……。
こうして、俺は眠れぬ夜を過ごすことに……なるかと思った。
――コン、コン、コン。
部屋のドアがノックされる。
「はい……」
扉を開けると、そこには咲茉がいた。
「咲茉……」
「あの……ちょっと、相談したいことがあるんだけど……」
咲茉は恥ずかしそうにもじもじしている。
「どうかしたのか……?」
「いや、べつに大したことじゃないけど……」
「とりあえず、中に入ってくれ」
「うん……」
俺は咲茉を部屋の中に招き入れる。
「それで、相談したいことって……?」
「いや、大したことではないんだけど……なんか眠れなくて……」
「そうなのか……」
「うん……」
咲茉は顔を赤らめる。
「一緒に……寝てくれないかな……?」
「えっ!?」
咲茉の言葉に驚く。
「い、いや、ダメだよ」
「なんで……?」
「なんでって……そりゃ、俺だって男だし……」
「うん……わかってるよ」
「なら、どうして……?」
「ほら、あたし、蒼生お兄ちゃんと寝たら、よく眠れる気がして……」
「だから、ダメだって言ってるだろ」
「どうしても……?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、しょうがないね……」
咲茉は残念そうな顔を浮かべたあと、ベッドの上に寝転がった。
「おやすみ、蒼生お兄ちゃん」
「ああ、おやすみ……って、おいっ!」
思わずツッコミを入れる。
「いや、だから……俺は……一緒に寝ないぞ……?」
「う〜ん、蒼生お兄ちゃんは寝なくても大丈夫だよ〜」
「いや、そういう問題じゃねえだろ……」
「蒼生お兄ちゃんは、本当に真面目さんだなぁ……」
咲茉はクスッと笑う。
「まあ、とりあえずさ……こっちに来てよ。ほら、おいでよ」
「…………」
俺は渋々ながらも、咲茉のそばへ行く。
すると、咲茉は俺の腕を引っ張ってきた。
「うわっ……ちょっ……!」
そのまま、俺は咲茉の隣へ倒れ込む。
「もう……いきなり引っ張ってくるなよ……」
俺はため息をつく。
「ごめんね〜。でも、こうしないと、蒼生お兄ちゃんは来てくれないでしょ?」
「当たり前だろ……」
「やっぱり、蒼生お兄ちゃんは優しいね」
咲茉は嬉しそうに笑みを見せる。
「…………」
俺は黙り込んだまま天井を見つめる。
「ねえ、蒼生お兄ちゃん……」
「なんだ……?」
「今日もいろいろあって疲れちゃったからさ……このまま、蒼生お兄ちゃんに抱きついてもいい……?」
「それは……」
「ダメって言われても、勝手にやるけどね……」
そう言うと、咲茉は俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。
「はあっ……」
温かい吐息が首筋にかかる。
「蒼生お兄ちゃん……」
「…………」
「蒼生お兄ちゃんは、あったかいな……」
「…………」
「ずっと、この温もりを感じていられたらいいな……」
「…………」
「ねえ、蒼生お兄ちゃん……」
「…………」
「蒼生お兄ちゃんは、好きな人とかいるの……?」
「…………」
「いないなら、別にいいんだけど……」
「…………」
「もしも、好きな人がいるのであれば……」
「…………」
「その人は、幸せ者だね……」
「…………」
俺は、なにも言わなかった。
咲茉の想いが痛いほど伝わってくる。
咲茉は俺のことが大好きなのだ。
だけど、今の俺は咲茉の気持ちに応えられない。
咲茉の気持ちに応えられるほどの勇気が俺にはないからだ。
それに、俺にはまだ、好きだという思いに気づけるほど、心が育っていない。
だから、もう少しだけ……。
いつか必ず、俺の本当の答えを伝えるから。
「そろそろ寝ようぜ……」
「うん、わかった……」
俺と咲茉は、そのまま眠りについた。
……と、見せかけて、俺は、こっそり自分の部屋を出た。
「ふぅ……」
風呂、入ってなかったんだよな。シャワーを浴びるか……。
俺は着替えを持って浴室へ向かう。
――シャー……。
熱い湯が全身に降り注ぐ。
身体を洗いながら考えるのは、やはり陽葵と葵結と咲茉のことだった。
俺は、これからどうしたらいいのだろう。
誰かひとりを選ぶべきなのだろうか?
それとも、全員、断るべきなのだろうか?
いや、そんなことをすれば、きっと、みんなを傷つけてしまうだろう。
それだけは絶対に避けたい。
だが、どうするべきなのか……わからない。
「はあ……どうすりゃいいんだ……」
俺は深いため息をつく。
この現状は、すぐに変わらないだろうな。
だけど、どこかで結論を出す必要があるんじゃないかと思うのだった。
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