第9話 従姉妹と、自分の存在価値


  *


「隣に座ってもいいかしら……?」


「もちろんです」


「じゃあ、失礼します」


 琴葉さんは、俺の隣に腰掛けた。肩と肩が触れ合う距離だ。シャンプーの良い匂いが鼻腔をくすぐる。


「ねえ、蒼生くん……」


「はい?」


「あなたは、私のことをどう思っているのかしら……?」


「どう、とは?」


「だから、私は、あなたのお姉ちゃんとして相応しい存在なのかしら?」


 琴葉さんは不安げに問いかけてきた。


 俺は正直に答える。


「琴葉さんは、お姉ちゃんとしても女性としても素敵で素敵な人です」


「本当に……?」


「はい。それに、琴葉さんは優しいですし、面倒見もいいですし……いつも、助けられています」


「…………」


 琴葉さんは黙り込んでしまう。


「琴葉さん……? どうかしましたか?」


「…………」


 琴葉さんは答えない。いったい、どうしたというのだろうか? 俺は、もう一度、彼女の名を呼ぶ。


「琴葉さん……?」


「……蒼生くん、陽葵のことをお願いね」


「えっ?」


「陽葵は、私にとって大事な妹なの……」


「はい」


「だから、たとえニセモノの恋人になるとしても、陽葵を守ってあげてね。高等部一年は確かに不良生徒が多いかもしれないけど、そういう生徒は一年後には、ほぼ、すべて更生しているから……一糸学院は、そのための学校なの」


「はい」


「あと、あなたの過去について、いつか陽葵に話すときが来ると思うわ……」


「はい……」


「陽葵は、きっと受け止めてくれると思うわ。蒼生くんが話したくなったタイミングでいいから、いつか話してあげて……」


「はい……」


「ふふっ……」


 琴葉さんは小さく微笑む。


「どうしたのですか?」


「いえ、なんでもないわ……」


「そうですか……」


 それから、しばらくの間、沈黙が流れる。


「あの、琴葉さん……」


「なに?」


「俺が生徒会に入るのはダメなんですよね……」


「そうね……」


「理由を教えてくれませんか?」


「それは、さっきも言った通りよ。蒼生くん、あなたも一糸学院で生まれ変わる必要があるの」


「それは更生するという意味でしょうか?」


「そうよ。一年生の間に、あなたは本当の自分を見つけないといけないの……」


「…………」


 俺は言葉が出なかった。


 本当の自分を見つける、か。


「ごめんなさいね……」


 琴葉さんは申し訳なさそうに謝る。


 俺は首を横に振った。


「いえ……気にしないでください」


「あなたは、これから一糸学院で、いろいろ学んでいくべきだわ」


「そうですね……」


 俺は苦笑を浮かべることしかできなかった。


 すると――。


「ねえ、蒼生くん……」


「はい?」


「もし、あなたが陽葵を不良生徒から守ることができるのなら、そのときは生徒会に入ることを考えてあげてもいいわよ」


「えっ!?」


 思わず驚きの声を上げてしまう。


「そんなに驚くことかしら……?」


 琴葉さんはクエスチョンマークを浮かべている。


「いえ、その……まさか、琴葉さんから、そんな言葉が出てくるとは思いませんでしたから……」


「そう……確かに、そうかもね。私の想いと生徒会の思惑は異なるものだと思ってちょうだい」


「は、はぁ……」


「それで、どうなの? 陽葵を不良生徒たちから守る自信はあるのかしら?」


「はい。必ず守ります」


 俺は真剣な眼差しで言う。


 それを見た琴葉さんはクスッと笑う。


「その顔を見ると、本気みたいね……」


「もちろんです!」


「わかったわ。陽葵を頼んだわよ」


「はい! 任せてください」


 俺は胸を張って言う。


「ふふっ、じゃあ、おやすみなさい」


「おやすみなさい」


 こうして、俺は陽葵を守ることを心に誓うのであった。


  *


 ――次の日。


 俺は一足先に学校へと向かった。


 琴葉さんと陽葵と咲茉で一緒に登校する。


「陽葵、これからは俺と常に一緒に行動しよう」


「う、うん……でも、大丈夫かな……?」


「ああ、大丈夫だよ」


「でも、蒼生に迷惑がかかるかも……」


「俺は大丈夫だ。俺がなんとかする」


「ありがとう……」


 陽葵はホッとした表情を見せる。


 俺と陽葵が教室に着くと――。


「おい、あいつだぜ」


「マジかよ……」


「噂のあいつだろ? 陽葵さんと付き合ってるっていう……」


 俺たちを見るなり、ヒソヒソと話し始める男子たち。


 やはり、昨日の一件が広まったようだな……。


 まあ、仕方がないことだ。今は無視しておこう。


 すると――。


「おいっ、おまえ、調子に乗るんじゃねえぞ」


 ひとりの男子生徒が近寄ってきた。そして、俺の肩に手を置いてくる。


 こいつは確か、このクラスのボス的存在だったな。名前は……忘れた。


「なにか用ですか?」


 俺は平然な態度を取る。


「なんだ、その態度は……なめてんのか?」


「別に、そういうわけではありませんが……」


「ちっ、むかつく野郎だな……」


 ボスは舌打ちをした。


「蒼生、逃げよう……」


 陽葵は心配そうな顔をする。


 だが、俺は首を横に振る。


「いいや、陽葵は、ここで待っていてくれ」


「えっ?」


「ここは、俺に任せてほしい」


「で、でも……」


「大丈夫だから」


「…………」


 陽葵は不安げな様子で黙り込んでしまう。


「なに、こそこそ話しているんだ?」


 ボスは眉間にしわを寄せて睨みつけてくる。


「いえ、なんでもありません。ところで、なにか、ご用でしょうか?」


 俺は質問を投げかける。


「うるせえ! てめぇ、ふざけんなよ」


 ボスは声を荒げた。


 どうやら、相当ご立腹のようだ。


「いいから、こっちに来い!」


「はい」


 俺は素直に従うことにした。


「ちょ、ちょっと……」


 陽葵が慌てて止めようとするが、すでに遅い。


「おっと、陽葵さんは動かないでくださいね」


 取り巻きの一人が陽葵を羽交い締めにする。


「は、離して……蒼生が……」


「さーてと、蒼生くん。キミは屋上に来てくれるかな?」


「わかりました」


 俺はそう返事をして、ボスの後に続いた。


  *


 俺はボスと一緒に、校舎の最上階にある屋上へとやって来た。


 扉を開けると、そこには気持ちの良い風が吹いている。


「旗山蒼生……よくも舐めた真似してくれたね」


「いや、俺は、陽葵の彼氏として、彼女を守りたいだけです」


「そうかい……なら、今すぐに、ここから飛び降りろ」


「…………」


「早くしろよ」


 ボスは鋭い目つきで睨んでくる。


「嫌です」


「ああっ!?」


 ドスの利いた声で脅してくる。


 しかし――。


「俺は絶対に、あなたに従いません」


 俺は怯まない。


「なんだと!?」


「だって、俺は、あなたに命令される筋合いがないからです」


「てめえ、ふざけるのもいい加減にしろよ」


「いえ、真面目に言っています」


「てめえ……」


 怒り心頭のボス。


「おい、あれって……」


「あの人、陽葵さんの彼氏か!?」


「どうして、こんなところに……」


 階段のほうから複数の人の声が聞こえてきた。どうやら、誰かが来たらしい。


「ちっ、邪魔が入ったか……」


 ボスは舌打ちをする。


「どうしますか?」


「はぁ? ……おい、行くぞ!」


 ボスは部下を連れて去って行った。


「陽葵、大丈夫か?」


 俺は陽葵のもとへと向かう。


「う、うん……」


「怪我はないみたいだな……」


「あ、ありがとう……」


「気にすることはないよ」


「でも……」


「陽葵を守るのが、俺の使命だからな」


「そっか……やっぱり蒼生は優しいね……」


 陽葵は嬉しそうに微笑む。


 それから、数分後――。


 俺のもとに琴葉さんが現れた。


「大丈夫……でしたか?」


 琴葉さんが心配した様子で訊いてくる。


「はい、問題ありませんでした」


「そう……それは、よかったわ」


「それで、琴葉さんは、なぜ、ここに……?」


「生徒会長として、学校の治安は守らなければいけませんから……」


 琴葉さんは苦笑を浮かべながら言う。


「なるほど……」


「それと、もうひとつ……」


「なんでしょう?」


「もし、陽葵を守ることが継続できるようなら、あなたを正式に生徒会に入れることを視野に入れてあげるわ」


「ほ、本当ですか!?」


 俺は驚きの声を上げる。


「ええ……」


「ありがとうございます……」


 俺は頭を下げる。


 こうして、俺は学校の中での自分の存在価値を見つけたのだった。

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