第8話 従姉妹と、付き合わない?
*
「わたしたち、付き合わない?」
一日が終わろうとしていたのに、俺の中で、すべてが始まったような感覚になる。
俺は彼女に、陽葵に、なんて言葉を返せばいいのだろう。
俺は迷っているうちに、言葉が詰まってしまった。
すると、陽葵が少しだけ照れたような表情をして――。
「ニセモノの恋人として、ね……」
陽葵は苦笑いを浮かべながら言った。
「……えっ?」
一瞬、俺の思考回路が停止する。
ニセモノの恋人?
じゃあ、陽葵は俺に告白したわけじゃないのか……?
「……なんだよ、それ?」
「えっ、えっと……ほら、わたしって、なにかと学校で注目されるしさ、今日みたいに不良生徒に絡まれたら困るじゃん……」
「つまり、俺が陽葵の恋人役を務めるってことで不良生徒から陽葵を守ることができるってことを言いたいのか?」
「そういうこと!」
「なるほど……」
「だから、お願い。わたしの彼氏になってくれないかな? もちろん、フリで構わないから!」
陽葵は手を合わせて頭を下げた。
「…………」
俺は黙り込む。
確かに一理あるかもしれない。
陽葵は学校で有名だし、なにより、ファンクラブがあるくらいだからな。
もし、本当に陽葵と恋人同士になれば、陽葵を狙う不良生徒たちから守ることができるかもしれない。
陽葵を守るためにも、俺は陽葵の恋人役を引き受けてもいいと思った。
だけど、俺は陽葵が好き……か、どうかは、わからないけど、それでも陽葵を守ることができたら、学校生活に平穏が保たれるかもしれない。
だから、俺は、それでいいと思ったんだ。
「わかった。俺でよければ、協力するよ」
「ほんと!?」
「ああ、任せてくれ」
俺は笑顔で言う。
すると、陽葵は嬉しそうに笑った。
「ありがとう! 蒼生! 大好き!」
「ちょ、おい……抱きつくなよ……」
「えへへ……」
陽葵は俺の腕に絡みついてきた。
「なんか、陽葵が元気になったな……」
「うん! 蒼生が、わたしの彼氏になってくれたことが嬉しいから!」
「そっか……」
俺は陽葵の頭を撫でた。
「ふぇっ!?」
「これから、よろしくな」
「う、うん……」
陽葵は顔を真っ赤にして、俯いていた。
こうして、俺たちはニセモノのカップルとなったのだ。
「ところで、陽葵」
「ん? どうしたの?」
「もう、だいぶ暗いけど、スーパーへ行く目的、忘れてないよな?」
「あっ……」
陽葵の顔が青ざめる。
「すっかり、忘れてた……」
「おい……」
俺は呆れてため息をつく。
やっぱりか……。
俺は不安になりながらも、陽葵と一緒にスーパーへ向かったのであった。
*
――夜。
帰宅した俺は、部屋着に着替える。
そして、台所へ行き、カレーライスを作る手伝いをする。
今日は琴葉さんと陽葵でカレーを作るらしい。
俺も琴葉さんに教えてもらいながら、カレー作りに励もうとするのだが、同時に今日の出来事を琴葉さんに報告するのだった。
「陽葵が不良たちに絡まれていたんです」
「……大変でしたね」
「はい。だから、俺が陽葵を助けました」
「そうなの。蒼生くんが陽葵ちゃんを守ってくれてよかったわ。ありがとうね」
「いえ、俺は当然のことをしたまでです」
「偉いですね。蒼生くんは……」
琴葉さんは優しく微笑む。
「蒼生くんは優しいです。きっと、蒼生くんは将来、素敵な男性になるでしょうね……」
「いや、俺は……」
俺は苦笑いを浮かべる。
俺はそんな大層な人間ではない。
ただ、目の前にいる人が困っていたから助けただけだ。
「俺はただ、自分のやりたいようにやっただけです」
「それが、すばらしいことなんですよ」
「そ、そうですか……」
「ええ」
そう言うと、琴葉さんは、どこか寂しげな表情を浮かべた。
「あの、琴葉さん」
「どうしました?」
「実は今日、陽葵からニセモノの恋人として付き合ってほしいと言われたのですが、不良たちに効果はあると思いますか?」
「それは、どういう意味かしら?」
「蒼生の言葉の通りだよ」
陽葵が琴葉さんに言った。俺は、そのフォローをする。
「俺が陽葵の恋人役を務めれば、陽葵が不良たちに襲われることはないんじゃないかと思いまして……」
「なるほど……。そういうことなのね」
「はい。俺が陽葵の恋人役を務めることができれば、陽葵が不良たちに襲われなくて済むと思うんです。俺なら、なんとかできると思うので……」
「…………」
「どうかされましたか?」
なぜか、琴葉さんの表情が曇った。
「…………」
「あ、あれ?」
「…………」
「こ、琴葉さん?」
俺の声が聞こえていないのか、彼女は黙り込んだままだ。
一体、なにがあったのだろうか? すると――。
「蒼生くん……」
「はい?」
「私は反対よ……」
「えっ?」
「どうして、あなたたちが恋人同士にならないといけないの?」
「そ、それは……」
「ましてや、私たちは家族なのに……どうして、恋人になろうとするの? それに、陽葵ちゃんにはファンクラブがあるのよ? もしも、陽葵と蒼生くんが恋人になったら、ファンの子たちはどんな気持ちになるのかしら……? ねえ、わかる? 蒼生くん」
「…………」
俺は黙り込んでしまう。確かに、陽葵と恋人になったら、ファンクラブの人たちは悲しむだろうな……。
でも、そんなことは俺たちには関係ない。
俺は琴葉さんの論点をずらすことにした。
「確かに、ファンクラブの人たちを傷つけることになるかもしれません。だけど、俺は陽葵を守りたいんです。だから、俺は……」
「陽葵を守る……?」
「はい。俺は陽葵を守るためにも、陽葵の恋人になりたいんです!」
俺は力強く言い切った。
すると、琴葉さんは俺を睨みつける。
「そう……。じゃあ、勝手にしなさい」
「はい。ありがとうございます」
「でも、あくまで、あなたたちはニセモノの恋人同士であることを忘れないでちょうだい……」
「わかっています……」
「……それよりも今、大事なことは夕食よ。さあ、料理を再開しましょう」
「はい!」
琴葉さんのおかげで冷静になれた気がする。
やっぱり、琴葉さんに相談してよかったと思った。
「…………」
でも、陽葵は少しだけ複雑そうな顔をしていた。
*
――それから、三十分後。
カレーが完成した。
完成したカレーライスをテーブルの上に運ぶ。
「いただきます」
五人で手を合わせて、カレーを食べ始めた。
「おいしいですね……」
「ええ、本当に」
「うん! すごくおいしい! 蒼生のおかげだよ! ありがとね」
「琴葉さんと陽葵で作ったからだよ」
「ううん! ホントに蒼生が手伝ってくれたおかげだって!」
「いやいや、陽葵が、がんばったからだよ」
「ううん! 蒼生が……」
俺たちは、お互いに褒め合った。
「ふふっ、仲が良いわね……」
琴葉さんは嬉しそうに微笑んでいた。
でも、少し悲しみもふくまれているようだった。
「あの、琴葉さん」
「どうしたの?」
「もし、よろしかったらですけど、俺も生徒会に入ろうかなと思っているのですけど……」
「あら、本当?」
「はい。俺も、これから学校生活を送っていく上で、少しでも役に立てたらいいなって思ったんです」
「そう。それは、とても嬉しいわね……」
「はい。なので、俺も生徒会に入りたいです」
俺は真剣な眼差しで言う。
すると――。
「蒼生くんはダメです」
琴葉さんはキッパリと言い放った。
「えっ?」
俺は呆然とする。
なんで、俺は入っちゃいけないんだ?
「えっ、ちょ、ちょっと待ってください。なぜですか?」
「それはね……」
琴葉さんは、なぜか笑みを浮かべていた。
「蒼生くんには、あのことがあるから……」
「あのこと?」
俺は首を傾げる。
「蒼生くんは、わかっているのでしょう。自分が今まで、なにをしてきたのか……」
「えっと、それって、あのことを知っているのですか!?」
「そうよ」
「そ、そうだったんですね……」
「あのことって、なんのこと?」
陽葵がキョトンとした様子で訊く。
「いずれ、蒼生くんから話してくれるでしょう。それまで、待ちなさい」
「う、うん……わかったよ」
陽葵は不思議そうにしながらも納得してくれたようだ。
俺はというと、心の中で大きなショックを受けるのであった。
「ごちそうさまでした」
夕飯を食べ終えた俺たちは食器を片付ける。
そして、食後の休憩をする。
「ふう……」
俺は自分の部屋に戻り、ベッドで横になった。
「今日は、いろいろあったな……」
不良たちに絡まれて、陽葵を助けたり……。
陽葵とニセモノの恋人になったり……。
琴葉さんが俺の事情を知っていたり……。
……ということは、一華さんも、か。
俺の事情を知らないのは、この家では陽葵と咲茉か……。
「まあ、でも、今は休もう……」
まだ、明日もあるのだから。
ゆっくりと目を閉じたとき――。
――コン、コン、コン。
ドアをノックする音が聞こえた。
「蒼生くん、いるかしら?」
その声は琴葉さんだ。
「はい、いますけど」
「ちょっと、いいかしら?」
ゆっくり扉が開かれる。
そこには、パジャマ姿の琴葉さんが立っていた。
「どうかされましたか?」
「いえ、少し、あなたと、お話がしたいと思って」
「わかりました」
俺は起き上がり、琴葉さんを部屋に招き入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます